邪神の使徒になった転生少女の冒険録 〜獣人の女の子に拾われました。調子に乗ってたら首を噛まれ1年の間、噛み跡が付いた状態で王都を歩かされるそうです。もう許してください...〜

中毒のRemi

第1章 幼年期

第1話 森に捨てられた日

 欲求。それは人が生きるための欠かせないもの。

 食欲、睡眠欲と言った生理的欲求から始まり、安全欲求や承認欲求とその他多くの欲望、願い。


 私も例に漏れず欲があって、根幹となる部分は死んでも変わらない。


 


 ---




 奇跡……としか言いようがない。


 私はとある家庭のひとり娘として、新たに生を受けた。

 優しく抱きかかえてくれている人は、新しいお母さんなのだろう。


 顔を確認したいけど、目の前がボヤけていて上手く見えない。

 おそらく生まれたばかりで体が未発達なのが原因だ。

 それでも本能がこの人を母だと認識している。

 

 ――本当に……本当に神様というのは存在するのだ。この生まれ変わりをもって確信した。


 私の頭の中には、この世界の言語と基本的知識が入っている。

 どうしてかは分からない。

 奇跡……いや、もはや神託と呼ぶべきものかもしれない。

 ……これは自分の願望を叶える、またとないチャンス。


 私は初めて対面する両親へ、挨拶をすることにした。


「おか……あさん、おとうさ……ん」


 言葉というにはあまりに不明瞭で、産声と揶揄するには鮮明すぎるもの。

 思った以上に口が動かない。

 

 そんなのは考えてみれば当然、親の顔を確認出来ない事と、変わらない理由と気づくのに、時間は掛からなかった。

 ――ただ、私の運命を決めるには充分過ぎた一言だったのだろう。


 一瞬の間、宙を舞う感覚。

 背中に伝わる衝撃。


 私は地面に叩き落とされた。


 

 

 ---

 



 体が揺れている、移動しているのだ、おそらく馬車と言われる乗り物で……

 こんな状況じゃなかったら、初めて乗る馬車に笑って喜んでいたかもしれない。

 これから行く先で私は殺されるのだという。


 赤ん坊一人を処分するだけなら、家の中でも出来る筈なのに、わざわざそれをせず、敷地内で死なせない為に食事まで与えられる始末。


 何故?


 ……何故、私は死ななければいけないのだろうか?

 親の逆鱗に触れるようなことをしたのだろうか?

 分からない。


「おとうさん……おかあさん……おとうさん……おかあさん」

 

 どれだけ考えても分からなくて、私はただ壊れたラジオのように同じ言葉を口ずさむ。

 もしかしたら考え直してくれるかもしれないから。


 でも、それは無駄な考え、時間だったようで……


「……黙れ!!悪魔の言葉など聞きたくない!」

「…………」


 激昂する男と口を開かない女。

 取り付く島もない。

 

 一度死んでも、運命というのは変わらないのかもしれない。これでは前世と辿る末路が一緒である……


 思い返すと、こいつらのやろうとしていることは、血の繋がった親という肩書きの名の下、私に暴力を振り続けてきた屑と同じだ。


 ……そう思えば少し楽かもしれない。

 本当に何も変わらないから。

 本当に同じだから。

 

 ただ、またしても家族としての在り方に、憧れてしまった私が、バカだったというだけの話。


 目的地に着いたのか馬車の動きが止まり、すぐさま乱暴に地面へと降ろされた。

 

「こいつはこのまま置いて行く」

「殺さないの?」

「あぁ、俺たちの手を汚さずとも、勝手に魔物が食ってくれるからな、心配の必要もない」

「…………そう」


 視界に映る情報だけで判断をするなら、今私がいる場所は森、すぐ隣には断崖絶壁。

 

 こんな場所では助けの呼びようもない。

 一生懸命に泣いたところで、寄ってくるものはおそらくこの2人が言うように、魔物と呼ばれる生物なのだろう。

 

 体を布で包んで、地面に置いてくれたのは最後の優しさという奴だろうか。

 開けた場所で赤子が1人。

 ……飢えた獣からすれば格好の餌かもしれない。

 

 こっちを一瞥すらせず、2人とも馬車へ向かって歩いて行くのが見える。


 実の娘だというのに、ここまでの仕打ち。

 薄情なものだ。



 

 ---


 


 この身に与えられた神託は言語理解だけではない。

 地球では伝説程度でしか語られなかった存在。

 ――魔術。


 その奇跡としか呼びようのない力で、今は生き延びている。

 ……と言っても、産まれた赤子のために用意していたであろうミルクを、ストックしていただけ。


 私の魔術。


 それは物を異空間にしまうことの出来る能力……だと思う。

 家を出る前にミルクを盗むのが初使用だったので、力の詳細はまだ理解してない。

 きっと他に、もっとマシな運用方法があると思う。


 この体が原因なのかは知らないけど、ちょっと物を出し入れするだけで、結構怠くなってしまうのが難点だ。


 ……周りの景色が赤くなり始めた。

 陽の落ちる時間、もうすぐ夜である。


 この世界の森を産まれたばかりの赤子が1日。

 まあ考えるまでも無く、余程運が良くなければ寝てる間に死んでそうだ。

 誰でも良いから、拾ってくれる人がいたりしないだろうか?

 

 不味いミルクを飲みながら、誰かが助けに来るなどという、ありえない期待を抱いている。


 本当に人なら誰でも良い。

 ……そういえば狼が子供を育てる話を聞いたことがある。

 最悪そっちでも……



 

 ---



 

 ――崖から一人、誰かが落ちてくるのが見えた。

 とても高い。

 そのまま地面にぶつかってしまえば、どんな生物でも死んでしまえるような高度。


 日本人としての精神性?……それともそんなのは関係なく、私のやさしさ?

 もしかしたらそれ以上に、そうすることが神様によって決められていたのかもしれない。

 

 私はその人が見えた瞬間、残りの魔力を使い、全力を賭して落ちてくる人を助けることに決めた。

 


 ---



「助かったんだ……」

 

 やばい、凄く気持ち悪い……吐きそう。

 多分、体内の魔力切れが主な原因。

 それに加えて不味いミルクが、吐き気に追い打ちをかけている。

 そして更にプラスで赤ちゃん特有の眠気。

 最低のトリプルパンチだ。


 これで助けた相手が喜んでくれているようなら、まだ気が楽でいられるのに、全然嬉しそうには見えない。

 もしかしたら、飛び降り自殺でもするつもりだったのだろうか?


 私の存在に気づくと、その人はすぐにこっちの方へ歩いてきて、そっと拾い上げてくれた。

 抱き抱える力は優しいというより、弱々しいといった感じだろうか。

 安心感がまるでない。

 

「私を助けてくれたの……?」


 普通はその台詞を、赤ちゃんに言うシチュエーションは存在しないけど、助けた相手だと認識されているのは嬉しい。


 疲れていたので滑舌を直さず適当に返事をした。

 

「あう」


 ……この人、よく見たら人間じゃない。


 獣耳に尻尾の生えた10代前半……もしかたらそれ以下かもしれないくらいの小さな女の子。

 前世の私と年齢が近く見えるから、少し親近感が湧いてくる。

 

 転生して刷り込まれた知識が正しいなら、獣人族と呼ばれる種族だろうか。

 尻尾が2本も生えてる動物……いや、人?……は初めて見た。


「家族はいつ戻ってくるの?」

「あう」

「お腹空いてる?」

「あう……」

「眠い?」

「あい!」


 なんだこの質問の連続。

 今の状態だと何を聞かれても、まともに言葉を返せないのだから、意味ないのではと思う。


 あ、ヤバい。

 眠いか聞かれた質問にだけ元気よく返事したせいで、抱きかかえたまま体をゆっくりと左右に揺らし始めてきた。

 これは本当に眠ってしまう。


 私を寝かせるために、揺れていたであろう獣人さんはしばらくすると……目から落ちる涙を流しながら拭うこともせず。

 喉に詰まった言葉を引き出すように、語り始めた。


「……私ね、村のみんな追いだされたの。尻尾が2本も生えてるのが気持ち悪いんだって……」


 口を挟む余地も余裕もない。

 私は黙って耳を傾けるだけ。


「………………」

「お父さんとお母さん、2人とも私を庇ってくれなかった……」

「………………」

「こんな場所に人……それもあなたのような赤ちゃんがいるってことは……」

「あう」

「……きっと、人間さんも捨てられたんだよね?」


 この人、思った以上に特殊な事情……というか私とほぼ同じ状況の人だ。


 助けたんだし、私のことを獣人でも良いから、人のいる場所まで送ってくれないかな? なんて思ってたけど、全然駄目……


 そんなことを考えていると、女の子の顔に一瞬の揺らぎが走る。

 唇がわずかに震え、ぎゅっと噛み締められたが、その力は徐々に緩み始めた。

 

「……なんで助けてくれたの? あのまま……あのまま落ちれば死ねたのに」


 獣人さんの……小さくか弱い女の子の涙が溢れ、私の頬にまで流れ落ちてくる。

 

 どうやら本当に自殺するつもりだったらしい。

 この子はそれを止めた私を責めている。

 ……家族に見捨てられる気持ちというのは、理解出来ているつもりだ。

 私は前世を含めそれが標準だったから、今回、親に捨てられたことに対して、あまり精神的な傷は負わなかった。


 ただ、この子は違う。

 この歳にして最低最悪の出来事。

 もしかしたら一生忘れられないトラウマになってしまったかもしれない。


「……死なせてよ」


 死ぬことを願う獣人の少女。

 人は1人では生きられない。

 それは別の種族でも変わらず、群れを成して生活する生物はどれもそうなのかもしれない。


 私は最後の力を振り絞って、言葉を返すことにした。

 

「生きてても意味ない……お願いだから殺し――」

「……ねえ、私をたすけてよ」


 獣人さんの目が大きく開かれ、表情が硬直している。

 

 ……言葉を話す赤子。

 さぞ、驚いたと思う。

 もしかしたら、私が捨てられた要因の中の理由の一つかもしれない。


 でも、驚いている暇を与えるつもりはない。


「このままじゃ、私、しんじゃう」

「…………」


 歯の生えきってない口で、頑張って聞こえるように言葉を紡いでいく

 

 ――私個人としての考えでしかないけど、誰にも頼れない状況の……それ以下が存在しないほど限界な人には、とある特徴がある。


「……でも」


 女の子は顔を横に背けた。

  

「さびしいんでしょ? 縋りたいんでしょ? それなら、あなたの生きる意味になってあげる。私に頼らせてよ――私を助けてよ」


 この子に、この手を振り解くことは絶対に出来ない。

 私がそうだったように、幼い女の子ならなおのこと…………




 ---




 目が覚めた。

 いつの間にか眠っていたらしい。


 今は何故か私の体が、獣人さんのお腹の上に乗せられている。

 離れられないように、2本の尻尾でぎゅうぎゅうに固定されているようだ。

 昨日のアレは夢じゃなかったのか……


 もう陽の光が出ているというのに、まだ起きる気配がない。

 獣人さんの服や足はかなり汚れていて、結構長い距離を歩いたというのが見てとれる。

 しかも昨日はあんなに泣いていたのだ、疲れて起きてこないのも仕方ない。

 ……とは思うけど、他の野生生物の声も聞こえてくるのだから起きて欲しい。

 心配なのだ、自分の命が。


 とりあえずこのキツく締め付けてくる尻尾から、這い出るためにもがいてみた。


「……ん、んぅ……あ、おはよう」


 眠そうに目を擦る獣人の女の子。

 別段なにも変わったところはなく、普通に起きてくれた。

 

「お――」


 反射で挨拶を返しそうになったけど、よく考えたら普通に会話する赤ちゃんって、客観的に見てもだいぶ気色悪い気がする。

 気づくのが遅すぎたかもしれない。

 この言語能力、やっぱり私が捨てられた原因の一端を担ってる気がするのだ。

 昨日は勢いのまま会話をしてしまったけど、普通に言葉を喋って良いものか……


 迷った末、赤ちゃんとしての言葉で返すことにした。

 

「…………あ、ぁぃ」

「あれ、昨日は普通に喋ってた気がするけど、気のせいだったのかな?」

「…………」


 私が黙って見ていたら、段々と明るかった顔に、ゆっくりと影が落ち始めた。

 

「家族になってくれるって言ってくれた気がするのは、私の勘違い……」


 そう獣人さんは残念そうに呟く。

 ……そこまで会話したいなら仕方ない。


「……かぞく、わたしたち、かぞく」


 昨日のことをしっかり覚えてるのなら、誤魔化すは無理だ。

 まあ喜んでくれているようだし、このまま気色の悪い赤ちゃんという方向性でいよう。


「やった、勘違いじゃなかった!私の家族!私だけの家族!」


 よほど嬉しかったらしい。

 獣人さんは私を抱きあげながら、踊るように体をくるくると回した。

 

 というか私が言ったのは「頼らせて」であって、家族になるなんて言ってないはず。

 流れに任せて家族なんて言ってしまったが……

 わけの分からない解釈をされているようだけど、この子の存在が必要なことには変わらないので、まあ大した問題ではない。

 

「うん、かぞくだから……それやめて。きもちわるくなる」

「ご、ごめん……」


 無邪気な女の子。

 こんな小さい体でよくもまあ、今の今まで生き延びれたものだ。

 これも運命の導きというやつだろうか?

 この獣人さんがいなければ、私は死んでいたのだから。


「ねぇ、名前はなんて言うの?」

「なまえ……」


 名前。

 私に名前なんて付けられてなかった気がする。

 呼ばれた覚えが無いし。

 結構大きな問題だけど、自分で名前を決めるのもなんかって感じ……


「なまえ、ない」

「……ないんだ。じゃあどうしよう?」

「だから、あなたがきめて」

「えっ、私が決めるの……?」

「うん」


 これなら面倒ごとを自分で考えずに済むし、名前も決まる。

 

 獣人さんは目を瞑り考え始めた。

 

 そんなに真剣に悩むことなのかとは思うけど、一生使うものだと思えば、まあ重要ではあるか。


「決めた。これから人間さんの名前は――アイラ、アイラだよ!!」


 アイラ。

 まあ、悪くない。


 私の名付け親になったのが嬉しかったようで、再びくるくると踊り出した。


「それやめて」

「ごめん」


 そういえば私の名前は決まったけど、この人の名前を知らない。

 私も聞くことにした。

 

「……あなたの、なまえ、おしえて」

「えっと…………」


 うん、何故ここで口篭るのだろうか?

 私と違って名前が存在すると思うんだけど。

 

「私の名前を……アイラに決めて欲しくて」


 ……そうきたか。


「なまえ、じぶんの、あるでしょ」

「新しく家族になったアイラに、名前を決めてほしい――ダメ?」


 私を抱きあげながら、上目遣いでこっちを見ている獣人の女の子。

 

 深読みかもしれないけど、自身を捨てた家族から付けられた名前なんて、使いたくないということだろうか?

 この子、ちょっと馬鹿そうに見えるし、流石にそこまで考えて……ない?

 だいぶ面倒くさくはあるけど、私の名前を考えて貰ったんだし、こっちも返すしかないか。


「ダメなら……」

「きまった――エメア。あなたのなまえは、きょうからエメア」


 エメア。

 地球に存在する宝石をもじった名前。

 輝石の名は、エメラルド。

 宝石言葉で1番有名なものを一つ挙げるとすれば、それは幸運。


「エメア……エメア、エメア」


 震えながらそう呟く獣人さん。

 

 私の名付けのセンスがダメだったのだろうか?

 

「なに、もしかしていや?」

「ううん、すごく……ものすごく嬉しい」


 どうやら喜んでくれているらしい。

 

 今日1番の笑顔。

 まるで曇り空に虹がかかったかのように鮮やかで、見ているこちらまで暖かくなるようなものだった。

 

 無邪気で無垢。

 宝石のように眩しいその微笑みを、名前で表すなら……悪くない名付けだと、私は思う。



―――――――――――

あとがき。


最後まで読んでもらえたようで嬉しいです。

皆さんが期待するようなシーンが始まるのは4話からなので、とりあえず4話まで読んでみてください。

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