第9話
――何日か休んでからようやく起き上がれるようになった俺は、見せたいものがあると海奈に言った。海奈はきょとんとしていたが、もう一度海面まで連れて行ってほしいと俺が頼むと、何も聞かずにうなずいた。
地上に戻った俺は、いったんアパートに帰って、なけなしの貯金で買った大きな生け簀と台車を海まで運んだ。待っていた海奈に手招きをして人気のない場所まで連れて行くと、水を張った生け簀に、海奈の体をそっと入れる。それから中が見えないように、生け簀の上に黒い布を被せた。
海奈の入った生け簀を、俺はある場所まで運んで行き――
生け簀を覆っていた布をそっとめくると、海奈に向かって見て、とささやいた。
布の中から顔を覗かせた海奈は、外の景色を見て目を輝かせた。
――そこには、きらきらと輝くネオンに満ちた夜景が広がっていた。
海奈を連れて来た場所は、彼女を探している間に俺が見付けた絶好の夜景スポットだ。カップルが何組か先客で来ているが、暗闇の中で俺たちの存在には目もくれていない。
「ねえ。……人間の人生って、楽しい?」
瞳にビルの明かりを映しながら、海奈は言った。
「どうだろうな。楽しい人にとっては、楽しいんじゃないかな」
夜景をぼんやりと見つめながら、俺は答えた。
「連れてきてくれてありがとう。博翔くんにも会えたし、嬉しかった」
なんだか別れの挨拶みたいだな、と思いながら、俺はうなずいた。
「会ってない間に、考えてみたんだけど。やっぱり人魚は、地上では生活できないと思うんだよね。だから……」
その先の海奈の言葉を想像しながら、俺は拳を固く握った。
海奈はこちらを向き、俺の目をまっすぐに見つめた。
「私、博翔くんに、海底に来てもらいたいんだ」
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