第7話
――それから八年が経って、俺は大学を卒業した。
俺はアルバイトをしながら海奈と出会った海近くのアパートに一人暮らしし、ダイビングスクールに通って、様々な資格を取った。他の生徒がダイビングをやりたくなった動機は海が好き、旅行をもっと楽しみたいなど人によって様々だったけど、俺はよほどの必要性がない限り喋らなかったし、動機についても話さなかった。正社員ではなくアルバイトとして働き始めたのも、いついなくなるかもわからないのに、責任のある仕事を請け負って、会社に迷惑をかけたくなかったからだ。
暇さえあれば俺は海に行き、体力の続く限り潜って、海奈の姿を探した。セルフダイビングはダイバーの中では危険性が高いと言われ推奨されていないが、昔出会った人魚に再会するために協力してほしいと誰かに頼むわけにもいかず、この方法を取るしかなかった。
――そんな生活を送って一年以上経ったが、いまだに海奈を見付けることはできなかった。
今でも目をつぶると、中学生の頃に出会ったはずの海奈の顔がおぼろげに浮かんでくる。だけどその顔は――長い間会っていないのだから当然といえば当然だが、出会った頃に比べるともうずいぶん曖昧になってしまっていた。
大学の友人は大企業に就職したり、結婚したりして社会を支えようとしているのに――俺は恋人も作らず、本当にいるのかもわからない人魚を探し続けている。なんてばかなことをしているんだろう、と思うこともあった。
次第に海奈と出会ったことすらも、進路に迷っていた中学生の自分が見た夢で、現実逃避の一環だったように思えてきた。一生出会えないかもしれない人魚を探し続けることに、俺はだんだん疲れ始めていた。
俺は砂浜に立つと、ポケットから虹色の巻き貝を取り出した。耳に当てると、ざあ、ざあ……と、静かな波のような音が聞こえてくる。逆の耳からは現実の波の音が聞こえ、まるで違う海同士の境界線上に立っているみたいだ。
俺は意を決して、海に飛び込んだ。
今日海奈に会えなければ、しばらく海に潜るのはやめて、現実に目を向けよう。そう思っていた。
――海の中は、いつもとても静かだ。レギュレーターから出る泡の音と、呼吸音以外にはほとんど何も聞こえない。生き物も人が潜れる範囲内では小魚の群れぐらいしか見かけず、ダイビングというよりは、人気がない夜道をドライブしている時の感覚によく似ている。
しばらく泳ぎ回ってから、俺は腕に付けているダイブコンピューターを確認して、そろそろ浮上しようと顔を上げた。――結局、海奈には会えなかった。
考えたくない可能性も、あるにはある。いくら人魚の寿命が八百年だといったって不死身ではないだろうし、海の中では事故も多いから、海奈は俺より先に亡くなってしまったのかもしれない。一年も潜って出会えないなら、そろそろその可能性も視野に入れるべきだろう。
そんなことを考えながら俺が浮上しかけた、その時――。
急激なめまいに襲われ、俺はその場から動けなくなった。
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