第2話

 ――うっすらと目を開けると、見知らぬ女性が僕の顔を覗き込んでいた。

 見た目は十八歳ぐらいだろうか。僕よりも少し年上に見える。

 胸下まで伸びた艶のある黒髪、意思の強そうな大きくて丸い奥二重の目、筋が通った小ぶりな鼻、控えめな唇――。

 その顔をぼんやりと見つめていた僕は、はっとして目を見開いた。

「よかった、目が覚めて。もう二度と起きないかと思った」

 背筋がぞくりとするような台詞を、僕を見下ろしながら彼女はさらりと言ってのけた。

「ここは……?」

 そう言いながら僕は体を起こし、辺りを見回した。

 そこは、まったく見覚えのない場所だった。

 でこぼことした岩の床と壁に、古びたベッドと木製の箪笥。僕の目に映っているのはまるで洞窟の中に無理やり家を建てたような、質素で不思議な部屋だった。それに――

「ひょっとして、ここは水の中なの?」

 うん、とこともなげに彼女はうなずいた。

 頬に当たる、ひんやりとした感触。いつもよりも空気の抵抗が強く、自由に身動きが取れないような感覚――。目が覚めてから、ずっとそんな違和感があったのだ。それは学校の体育の授業で、プールに入って泳いだ時のことによく似ていた。

 僕は驚いて言葉を失い、隣に座っている彼女の足元を見下ろした。

 やっぱりというか、予想通りというか――

 彼女の下半身は人間のように足が二本生えているのではなく、深い青色をした光る鱗で覆われ、先っぽには魚のような尾ひれが付いていた。彼女の上半身は人間とまったく同じで、大きなボウタイが付いた真っ白なブラウスを着ていたけれど。

 ――つまり、僕の目の前にいる彼女は、正真正銘の人魚だった。

「あなた、泳げる? カナヅチだったりしない?」

 僕が首を振ると、それはよかった、と彼女はつぶやいた。自分の名前は博翔ひろとだと名乗ると、彼女は少しだけ目を見開いて、ふうん、と言った。

「私は海奈みな。もう気付いてるかもしれないけどここは海の底で、ここに来た人間は……」

 海奈はいったん言葉を区切ると、

「私が知ってる限りでは、あなたが初めてだよ」

 そう言って、にっこりと笑った。

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