第25話 恋愛じゃないけど

 こ、ここ、これは。

 壁ドンならぬ……ま、窓ドン?

 あ、危ないよね、ほんと、割れなくてよかったよ。


「翔斗さんのこと考えてたっしょ?」

「そ……それは」


 その通りで目が合わせられない。

 って、私は悠大くんの彼女でもなんでもないんですけどね?


「まあ、仕向けたのは俺なんだけどね」


 言うやすんなり私から離れてバツが悪いのか悔しいのか、むしゃくしゃするのかよくわからないけど背を向けて「はーあ」と大袈裟にため息なんかをついた。


「ま、今はいいわ。でもいつかは振り向かせるから。覚悟しといて」


 振り向いて、にこ、と笑ってカバンを手にすると、あっさり「そんじゃまた」と教室を出ていった。



 下駄箱で再び会うのもなんだか気まずいな、と私は少しそのまま教室の窓から外を眺めた。


 薄紫色だったはずの空は、もう紺色に近い青に染まっていて、控えめな星がちらちらと見える。


 悠大くんはこれから、翔斗さんと住む家に帰るわけなんだ。


 翔斗さんのこと、多少は想像していたにしてもいろいろと衝撃的だったな。


 だけど一番ショックだったのは……。



 『お客様』



 王子様で接してくれるのが嫌というわけじゃない。どちらかといえば好きだったわけだし、それに惹かれてバイトに応募したと言っても嘘じゃない。


 でも。


 私にも『本当』を見せてほしい。

 私も仲間に入れてほしい。


 これは、わがまま、なのかな。

 欲深いことなのかな。



 今週末、いつも通りに接せるかな。




 悠大くんとはそれから校内でとくに顔を合わせることもなく、私はそのまま土曜日、バイトの日を迎えていた。


 いや、いや。

 モヤモヤしてる場合じゃないや。


 だって今日はもう十二月二十日なんだ。学校は今日から冬休み。そしてバイトも、今日からはクリスマスムード全開で二十五日まで休み無しで出勤の予定になっている。


 クリスマスといえば恋人と過ごす、なんて話も高校生だしもちろん聞くけど、私には無縁のこと。友達や家族と楽しく過ごすのも悪くないけど、バイトで忙しくしているほうがいいかな、となんとなく思っていた。


 なんたってバイト先には翔斗さんがいるわけだもん。イケメンの、王子様みたいなお兄さん。そんな人とクリスマスに長い時間共に過ごせるなんて、きっとみんなに羨ましがられる。


 ……んん。


 はあ。思うだけで胸が苦しい。恋愛じゃない。ないんだけど。それでも。んん。


「おはようございます、ゆっちゃん」

「あっ、お、おはようございます……」


 頭を下げたのは無意識に目を逸らしたくなったから。全部悠大くんのせいとも思えたけど、そうとも言いきれない。


 私が。

 私が考えすぎなんだよ。


 ただのバイトなんだから。


 お客様扱いされて、「王子様だ」ってハアハア喜んでおけばそれでよかったのに。


 仲間として見てほしい、なんて。

 本物を見せてほしい、なんて。


「……ゆっちゃん?」


 聞き慣れたはずの甘いその声、だけど今日はなんだか泣きたくなった。


「す、すみません……なんでもないんです」


「なんでもない割にいつもとまるで違いますが」

「…………」


「僕でよければ相談に乗りますよ?」


 いやいや、あなたのことで悩んでるんですよ、なんてまさか言えるわけがない。


「そんな顔しないでください」

「…………」


 答えられない。

 ああ、もう、だめかもしれない。「……じつは」吐息に近い声だった。


「学校で…………悠大くんと話をして」


 ぽつり、ぽつりと、白状する。


「翔斗さんが、私のことを『お客様』扱いしてるって、聞かされました」


 短期バイトだから……。


 翔斗さんは一瞬驚いたように目を見開いたけど、


「…………それで?」


 と大きな変化はなく優しく続きを促した。



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