第24話 お客様
「ち、ちょちょ、ちょと待って! だいたい私たち会ってまだすぐすぎるし、それに悠大くんはまだパティシエ『見習い』なわけだし、バイトだってまだ始めて数日でしょ?」
「そうだね」
「そうだよ!」
だから早まらないでくださいっ!
「だけど俺はパティシエになるべくして生まれた人間だしさ」
「な、なんで」
「なんとなく」
するとすっと私から距離をとって窓辺に移動した。ほう……。
「父親を捜してるんだ」
ぽつりと零した言葉に「え」と私は顔を上げた。少しためらいつつも、会話がしやすい位置に、悠大くんの隣の窓辺に移動する。もちろん一定の距離はあけつつ。
悠大くんは構わず続ける。
「パティシエなんだって。フレジエの本店、翔斗さんといちごさんの父親の、同士つーか、戦友? そんな人で」
もう驚きすぎて声も出なかった。
「母さんとは早くに別れたらしくて、俺は顔も知らないんだ。名前だけは教えてもらったけど、なんせ変わり者らしくて。居所もころころ変わるみたいだし、その移動先も国内外問わないみたいで。まったく掴めない」
「だから……パティシエに?」
「そう。捜すあてがないから、自分もその世界に身を置いて情報を待つことにしたってわけ」
「会ってどうするの?」
「さあ。どんな感情になるのか、自分でもわかんない」
夕日に照らされていたはずの横顔は、いつの間にか薄暗い影になっていた。
「子どもの頃は根拠のない憧れみたいな気持ちもあったけど、今はそんなのないよ。かと言って見捨てられた、みたいな恨みとかもない。言うなれば、ただの興味本位、かもね」
目が慣れてきてよく見えるようになった薄暗い中のその顔は、とても大人びていて、とても遠い存在のような気がしてしまった。
「ちなみにゆっちゃんが翔斗さんに恋愛感情がないのなら教えておくけど。翔斗さんには婚約者がいるんだ。今、フランスで修行中の」
「えっ」
またいきなりなに!?
「女性パティシエ。パティシエールだよ。美人で、その上かなりの腕前らしいね。やっぱどうしようもなく引き合うんだよ、パティシエとヴァンドゥーズっていうのはさ」
「はあ」
もうよくわからないから曖昧に相槌をうつ。
「帰国したら二人で店やるらしいよ」
「そ、そうなんだ。じゃあいつかはフレジエも辞めちゃうんだ」
「だろうね」
ふぅん、と答えつつ、少し寂しいな、と思うこの感情はなんなのだろう。
恋愛感情じゃない。……のに。
それから『寂しさ』はもうひとつ。
────『お客様』
その言葉。
それは私が短期バイトだから、見えない壁を作られているということだよね?
今は店員でも、すぐにお客様に戻る存在。だから翔斗さんは私をお客様扱いしてるってこと?
恋愛感情がないにしても、それは、とても寂しい。仲間だと思っていたのは私だけで、翔斗さんはそうじゃなかったってことなん──────バァン!
教室中にビリビリと余波が残る。ガラスが割れてもおかしくないくらいの衝撃だった。
それは悠大くんが私の横の窓に勢いよく手をついた音だった。
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