第22話 放課後デート!?


「笹野さん」

「え……あ! わっ! ゆゆ、悠大く……ん」


 咄嗟に苗字を思い出そうとするも出てこず名前を呼んだものの恥ずかしくなってしりすぼみになった。うう。


「はは。俺も『ゆっちゃん』にしとこうかな?」


 相手はこんな余裕の笑み。く。

 二時間目の休み時間、たまたまひとりで席にいた時のことだった。


「な、なにか用?」

「翔斗さんのこと知りたいでしょ」

「へっ!? なにいきなり」


「普通気になるだろうな、と思ってさ。あんな空気出されたら」

「あんな空気って……?」


 すると悠大くんはにやりと笑って「放課後ひま?」と訊ねてくる。


「え、ひま……だけど悠っ、そ、そっちはバイトでしょ?」


 慌てて呼び直したのが面白かったのか「ふふ」と笑む。むう、なんだか憎らしい人だ。


「今日は定休日でしょ」

「あっ」


 言われてそうかと思い出した。毎週火曜日は定休日なんだった。



 そんなわけで。なぜか私は悠大くんと放課後デートを……いやいや! デートなわけないからね!? 天地天明に誓ってちがうからね!?


 どこに向かうのかと思ったらそれは案外校舎内の渡り廊下にあるパックジュースの自動販売機の前だった。


 勝手にホットココアを二本買ってひとつを私に手渡す。「寒いから中いこ」


「ありがと」と戸惑いつつ受け取って、その背中を追う。


 すらりと高めの身長。お店ではいちごさんも翔斗さんも背が高いからそんなに目立って感じなかったけど、学年では大きいほうだろうな、なんて考える。


 近くの〈特別教室〉と札がついた空き教室に入ると、悠大くんはイスではなくて隅の机にとん、と腰を降ろした。


 私は少し距離をとって手近なイスを引く。


「はは。警戒してんの?」

「そういうわけじゃ」


 悠大くんは「ふぅん」とだけ言ってココアのストローに口をつけた。


「翔斗さんのことも気になるけど、悠大くんのことも気になってるよ」


 思うからそのまま伝えてみると、悠大くんは「結局呼び方は『悠大くん』にするんだ」と笑ってきた。もう。


「べっ、べつにいいでしょ?」

「もちろん。ウエルカムだよ」


 にこりと笑ってまたココアを飲む。身体は大きいけどなんとなく可愛い感じもある。不思議な人だ。


「で。俺のなにが気になるって?」

「そりゃあ珍しいから。悠大くんみたいに早くから修行、っていうの? そういうのやってる人って。やっぱりパティシエさんを目指すのって大変なんだな、って」


 すると悠大くんは「いやいや」と軽く手を挙げる。


「普通にパティシエ目指すだけなら普通に高校行って専門学校に進学すれば誰でもなれるよ。バイトとか弟子入り? そんなのは必要ない」


「え、そ、そうなの?」


 驚く私の顔をみて「は、かわい」とまた笑う。って、なにぃ!? かっ、か、「かわいい」だと!?


「俺はちょっと、目的があって。それであの店の本店のほうに行ったんだ。最初は」


「え。本店……?」


 聞き返すと「そう」と。


「フレジエが二号店だってことは知ってるんでしょ?」


 訊ねられてこくりと頷いた。たしか面接の時にいちごさんから聞いていたから。


「本店ってどこにあるの?」


 そういえば知らないな、と訊ねてみると。


「愛知県だよ」

「っえ?」


 一瞬聞き違いかと思った。だって、


「なんでそんなところに?」


 ここは東京だよ?


「さあ。詳しい事情は俺も聞いてないけどね。とにかくその愛知県の本店に行ったんだ。『ある人』を捜したくて」


「『ある人』……?」


 訊ねたけど悠大くんは「そ」と頷いただけだった。


「そうしたら、東京に二号店があるからそこに行けって言われて。俺が東京に住んでるって知ったら、尚更東京のほうがいいだろってことになって」


「……ってことは、悠大くんは愛知県に引っ越すつもりだったってこと? ご、ご家族は?」


「いないよ。母さんは仕事でずっと海外。中学までは田舎のばーちゃんがたまに来て世話してくれてたけど、高校からは俺もひとりでやれそうだし、ばーちゃんももう歳だし来なくていいよって断って」


「へ、へえ」

 平静を装いながら内心では仰天していた。私なんてまだ両親のもとでぬくぬく暮らしているのに。いや、でもほとんどの高校生がそうだよね?


「って話をフレジエでしたら、翔斗さんが一緒に住んでくれることになって」


「えっ、えええ!?」


 さすがに大声が出て慌てて手で口を押さえた。悠大くんは私のリアクションに満足したのか嬉しそうにくつくつ笑う。む、結構かわいい笑顔だ。やっぱり憎い人だな。


「で、でもそんなこと翔斗さんはひとことも言ってなかったよ?」


 疑うわけじゃないけどさ。


 すると悠大くんは笑みをたたえたまま「そりゃそうだよ」とこちらをまっすぐ見る。


「『ゆっちゃん』は『お客様』だからね。翔斗さんがプライベートを話すはずない」


 え……?

 言葉の意味がよくわからなくて困惑した。私が『お客様』? どうしてそんなことを言うのか。私はアルバイトだけどちゃんと店員なのに。


 すると悠大くんはこんなことを訊いてきた。



「翔斗さんのこと、好き?」




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