5 惹き合うタマゴと激しい落差
第21話 新人パティシエくん
クリスマスムードが一層強まる十二月のある晴れた土曜日。
いつものようにお店に入るなり私は異変に気がついた。
「おはようございまーす」
挨拶をするといちごさんの「おはよう、ゆっちゃん」というにこやかな返しに続いて「おはよす」と低い声が聴こえ、やっぱり、と思いつつぎこちなく会釈を返す。
ロッカー室で支度をして売り場に出てから翔斗さんに訊ねてみた。
「新しくパティシエさんが入られたんですか?」
私は土日のみのアルバイト。お店の変化にはどうにも置いていかれがちだ。
翔斗さんは「ああ、ご紹介がまだでしたね」と微笑んでいちごさんを呼ぶ。
「
するといちごさんは「ああ、そうだね」と頷いて「悠大くん」と厨房に向かって声をかけた。
ほどなくして現れたのは……ん。この顔、どこかで……?
「あれ。四組の笹野さんじゃ」
「え! え、ええと……」
ま、まずいまずい! ええとええと、何組の誰だっけ! 同じ高校の一年生っていうのはわかるんだけどぉ……。
「やっぱ知り合いだったね。同じ高校の一年生同士だからもしかして、って思ってたの」
いちごさんが笑う向かいで翔斗さんが「ゆっちゃんは知らないみたいですけど」と少し意地悪く微笑んで言う。
「し、知ってます。ええと、でも、ごめんなさい、名前までは……」
「
「あ……そう、なん、ですね!?」
なんともぎこちない返事をしてしまって頬が熱い。
「パティシエさんのお仕事をされるんですか?」
見たらわかることを訊ねてしまったな、と思っていると「タメ口でいいよ」と笑われて重ね重ね恥ずかしい。
「悠大くんはパティシエ志望なの。それでこの冬からうちでバイトを」
「機会があれば売り場もやらせてもらいたいですけどね。翔斗さんの接客、神対応で有名なんで」
それはもうちょい仕事に余裕が出てからね。といちごさんにたしなめられて苦笑いを返す。
「笹野さんはいつからバイトを?」
「えっと、まだひと月くらいで」
「あ、まだ始めたばっかりなんだ?」
驚いた顔に対して私は小さく頷く。
「『ゆっちゃん』なんて親しげに呼ばれてたから、てっきりもう長いのかなって」
するといちごさんが「ゆっちゃんは短期バイトだよ。呼び方は私が決めて徹底してるの」と人差し指をピンと立てて言う。
「だから悠大くんもお店では『ゆっちゃん』って呼んでね。ゆっちゃんも彼の呼び方は苗字じゃなくて『悠大』のほうで」
「あ、ハイ」と答える私の前で悠大くんは「ああ、だから『王子』のままなんですね」と翔斗さんを横目に意味深なことを言う。
「そうまでして販売員を雇う必要あるんですか? なんならやっぱ俺がやりましょうか?」
「へ?」と驚く私をスルーしていちごさんが「ハイハイ。キミはパティシエでしょー」とその背中をやんわりと押す。
すっかり仲良しに見える二人を唖然と眺めた。
なんだろう、なんだか。
私より断然馴染んでいるような。
「ゆっちゃん。あからさまに嫉妬してますね」
「へっ」
翔斗さんに囁かれてギョッとした。
「し、しし嫉妬なんてっ」
「悠大は少し特殊なんです。彼の親がうちの両親と知り合いらしくて。バイト自体はもちろん本人の意思なんですが、雇うこと自体は本店命令で」
「は、はぁ」
な、なんだそれは。よくわからないけど私みたいな『ただのバイト』とはそもそもがちがうということみたいだ。
「それでもバイトはバイトですから。ゆっちゃんと同格ですし、ゆっちゃんのほうが少し先輩です」
翔斗さんは相変わらず優しい。
「ただ、悠大のほうが圧倒的に勤務日数が多いから、どうしても店のことなどは彼のほうが詳しくなってしまうでしょうね」
「え……土日だけじゃないってことですか?」
訊ねると「はい。ほぼ毎日です」と。
「毎日ですか!?」
なんでそんなにも!
「本人の希望です。だからテスト期間を除いた放課後、ほぼ毎日来ることになっているんですよ」
「へ、へぇ……」
よく知らないけどパティシエさんって職人だし、やっぱり『修行』というのはそういう厳しいものなんだろうか。
自分と同じ歳の人がそんなふうに社会に出てがんばっている、というのはシンプルに凄いと思う反面、自分はどうなの? という焦りも感じないわけじゃない。
で、でも。私だってこうしてバイトがんばってるわけだしっ(短期だけど)。
むうううん。
同じ高校の同じ学年。気まずいかな? と心配したけど、私は売り場で彼は厨房。伝達事項は主に翔斗さんといちごさんの間で交わされるから私と悠大くんが関わることも、なんなら名前を呼び合う機会すらもまったくなかった。
ただしそれは『お店では』ね。
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