第17話 謎の花束

「どうせあんた宛てでしょう」


 冷ややかにそう言うと押し付けるように翔斗さんに手渡してさっさと厨房に戻る。


「こういうの正直言って迷惑だからやめるようにちゃんと言っておいてよね?」


 ドアから首だけ出していちごさんは釘を刺すようにそう付け足していった。


 翔斗さんはなにも答えず、花束をじっと見下ろしていた。その表情には喜びも困惑もなく、ただ無表情でまじまじと花を見つめるだけ。


「エディブルローズ……じゃないですよね?」


 半分冗談で訊ねてみると「だったら仕入れの手間が省けて助かるのですが」と困り顔で言う。


「……いや。もしエディブルローズだとしてもこちらは使用致し兼ねます」


「え。どうしてですか?」


 すると翔斗さんは花束からこちらに目線を移して言った。


「贈り主が不明なんです」

「えっ」


「メッセージカードも送り状も、なにも付いてないんですよ」


 途端に綺麗な薔薇の花束が謎めいた不穏な品に見えてくる。


「心当たりはないんですか?」

「あるといえば無限にあるし、ないといえばないですね」

「あ……はは」


 そりゃモテモテの翔斗さんだもんね。


「あとこちらはエディブルローズではなく普通の薔薇のようです」


「それはわかります」


 冗談ですってば、と付け足すと「ふ」と笑われた。


「そもそも僕宛てとも限らないですし」


「え。じゃあ誰に」

「んん……」


 翔斗さんは少しの間思案して、やがて「……少し気味が悪いですが、美しい花に罪はないので生けるとしましょうか」と動きだした。


 取り出した掃除用のバケツに水をたっぷりと溜め、包みをほどいた薔薇の茎をゆっくりと浸す。


 ざっと見た感じでも三十本くらいはありそうだった。


 一時は謎めいた不穏な品に見えたりもしたけど、こうして改めて見るとやっぱり薔薇はキレイなお花だ。


 気品があって、優雅で。花言葉もたしか、愛とかそういうのなんだよね。


 そう深く考えることもなく、その日は帰宅した。



 はっきりと不穏が訪れたのはその翌週のこと。例の赤の薔薇がちょうどすべてくったり萎れてしまった頃合いのことだった。


「翔斗、これ」

「……またですか。しかも今度は」


 いちごさんが抱えるのは今度はまっ黄色の薔薇の花束だった。


「嫌がらせにしてはなかなかお金のかかるやり方ですね……」


「たしかにね」


 いちごさんも頷く。

 花束は前回も今回も店の裏口にそっと置かれていたんだそう。


「え、嫌がらせ……なんですか?」


 私が訊ねると翔斗さんは頷いた。


「黄色の薔薇の花言葉は『友情』『平和』『思いやり』なんかが有名ですが」


 言いつつ手もとの花束にその目を落とす。


「『嫉妬』『薄れる愛』なんて意味もあるんです」


「嫉妬……!」


 なんだか急にそれっぽくなってぞくりと背中が寒くなった。




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