4 嫉妬の薔薇と王子様
第16話 恋人はプリンセス
それは秋も終わりのある乾いた晴れの日のこと。
「あ……あの、よよよ、よかったら、その、て、店員さんの、おっ、お名前、教えていただけませんか!?」
キャーッ! 言っちゃった、言っちゃった! と飛び跳ねるお客様はたぶん私と同年代の女の子。可愛らしいピンク色のマフラー。んん、若いなぁ、なんてどうして思うのか。私と同年代なのに。
「ああ、僕は沢口 翔斗と申します」
にっこり向けられたイケメンスマイルにまた新たな乙女たちのハートがズキュンと撃ち抜かれた。
「沢口さん……」
「翔斗で結構ですよ。みなさんそう呼ばれます」
「し、翔斗さんっ……」
「独身ですか!?」
前のめりに訊ねた赤チェックマフラーの女の子を、ピンクマフラーの女の子が「ちょっと!」と止める。だけど「いいじゃん、せっかくのチャンスだしっ」「いきなり失礼だよ」などとこそこそと揉め始める。
そんな二人を前に翔斗さんはくすりと笑って「大丈夫ですよ」と微笑んだ。
「独身です」
キャヒーン、というもはやよくわからない反応がきた。
「お、おいくつですか」
「二十七です」
ひゃあ、ヤバいヤバいヤバい。
そんな反応を聞きつつ私も「そうなんだ」と知る。
私の十一個も上なんだ。
「かっ、彼女いますか!?」
ついに核心に触れたらしい鼻息荒い女子高生たちからの質問に翔斗さんは「はは」と上品に笑って「そうですねぇ」とその目を優しく細めていた。
わ、私までドキドキしてしまう。うう。シール貼りをする手もともなんだかおぼつかない。
「今は……そこの」
へっ、えっ!?
言葉に慌てて手もとからその姿へと視線を移すと翔斗さんはなぜかショーケースのなかを示していた。私もお客様と同様にそこにあるケーキを見る。
「ラズベリーをふんだんに使用して作ったピンク色のたいへん愛らしいケーキ。〈プリンセス〉と名付けられたそちらが、僕の恋人です」
へっ……。
「おわかりになりますか? こちら、プリンセスのドレスをイメージした形になっているんです。トップにあしらったアイシングクッキーがプリンセスの美しい横顔のシルエットになっておりまして。こうしたデザインはよく大きなホールケーキで仕上げられるものがあるのですが、当店ではより手軽に愉しんでいただけるよう、プチガトーにしてお売りしているんです」
お客様の二人ははじめこそ唖然としていたけど翔斗さんの説明を聞くうちに「ほんとだ」とか「かわいい」とかつぶやきはじめた。
「それとなにより注目していただきたいのが、トッピングに使用しているピンク色の薔薇の花びら。こちらは『エディブルローズ』と呼ばれる食用花でして、本物のお花なんです」
「え、食べられるんですか?」
「もちろん。エディブルフラワーにはほかにも種類があり、味も様々なんです」
「へえ……」
「こちらのエディブルローズはクセもなく、見た目の華やかさだけでなく味わいとしても良いアクセントとなっています。よければおひとついかがですか。見た目通りとても上品な味わいですよ」
言うまでもなく、お買い上げいただいた。翔斗さん、本当に恐るべしだ。
「ぜひまたお越しください。いつでもお待ちしています」
「……ハイ♡」
うう、これはリピート確定だな。
それにしても翔斗さんのこういうテクニックはどこかで学んだのかな。それとも……天性のもの?
恋人の有無はともかく、まだまだ謎が多い人だ。
「ん、どうかしましたか? ゆっちゃん」
「あ、いえ!」
「翔斗ー?」
いちごさんの声がして翔斗さんとともに振り向く。その姿を見た途端に「わあ」と驚きの声が出た。
「すっごい薔薇ですね」
いちごさんが抱えるのは真っ赤な薔薇の花束だった。
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