第15話 救出と真相

 ふわん、とひとの家の匂いがするそこは『リビング』というより『お茶の間』を思わせる部屋だった。テレビは点いたままだったけど、照明は消えていた。


 座卓の上には齧りかけのトースト? それにサラダと卵焼き。まるで朝食のよう。


「蒼井さーん! どちらですか!」


 翔斗さんの声だ。


「ここよ、トイレ! 玄関の近くの!」


 くぐもった声がさっきより明確に聴こえた。

 ……え、トイレ?


 お茶の間を出て珠暖簾たまのれんをくぐり暗い廊下を進む。翔斗さんの背中に追いつくと同時に、その光景が目に飛び込んできた。


 薄暗い廊下。その先にある玄関の手前のところで、こたつテーブルが寄りかかってひとつのドアが開かなくなっていた。


 このドアの中に蒼井さんが!?


「蒼井さん! ご安心ください。今お助けします!」


 言うと翔斗さんはそのこたつテーブルを力いっぱい動かそうとした。


 こたつテーブルは廊下の向かい側の壁とトイレのドアに斜めにぴったり嵌っているようでミシミシと音を立てるもののなかなか外れない。慌てて私も手伝った。



「せえーの、よいっ……しょ!」




「翔斗くんっ……!」


 ドアの向こうはやはりトイレで、中からはパジャマ姿の女性が飛び出てきてそのまま翔斗さんに抱きついて大泣きした。わわわ。


「ご無事ですか……! 怖い思いをされましたね」


 翔斗さんに優しく抱きとめられて蒼井さんはそのまましばらく泣き続けた。



 それからは電話で息子さんを呼び、蒼井さんは私たちにたくさんお礼を言って病院へと連れられていった。



 後日聞いたことによると。


 閉じ込められてしまったのは何者かの犯行というわけではなく事故だそうで。


「朝にトイレに入ったら、急に大きな音と衝撃があって。確認しようとドアを開けようとしたら、開かなくて」


 こたつテーブルは粗大ゴミとして出す予定のものだったそう。それがたぶんオタマちゃんがなにかした拍子に倒れてしまい、運悪く蒼井さんをトイレに閉じ込めてしまったのだろう、と。


 なんと恐ろしい。


 それにしても家で飼われていたオタマがどうしてフレジエに来れたのか、というと、蒼井さんが言うにはこういうことらしい。


「前の日の夜に、翔斗くんのお店のモンブランを食べたの。お酒を飲みながらね。気分が良くなって翔斗くんの素敵さや、お店の詳しい場所まで、冗談でいろいろとオタマに話したの。それであの子はフレジエまで行けたのかもしれない」


 申し訳ないけど「嘘でしょ」と思いつつ、蒼井さまのオタマちゃんへの激しい溺愛ぶりが伝わって思わず笑顔が引きつる。



「そんなことって本当にあるんですかね……」


 翔斗さんに言ってみると「はは」と軽く笑われた。


「わかりません。でもペットは家族と同等と言いますから。とくに蒼井さまのオタマちゃんは、蒼井さまの深い愛情によって、もはや人と同じレベルだということでしょう」


 脳内であのぽっちゃりの三毛猫を思い出すと、その姿がだんだんと小太りの女の子に変化していってギョッとした。


「季節がよくてよかったです。換気にと網戸にされていたこともそうですし、暑くも寒くもないお陰で蒼井さまのお身体もご無事で」


「本当にそうですね」


 季節が違えば熱中症や低体温症になるところだ。水は出ても食事はもちろん摂れないし、あっという間に命の危険が迫る。


 想像して、ぶる、と身震いしていると翔斗さんが「それとゆっちゃんが猫のことをよく観察してくれたお陰ですね」と微笑んでいた。


「……いえ、私はなにも」

「僕は猫に触れられないので。今回猫の体型や毛並みについてわかって、あの三毛猫がオタマだと断定できたのはゆっちゃんがいてくださったお陰です」


「や、それを言うなら翔斗さんの記憶力の賜物ですよ」


 たまらず言い返すと翔斗さんは「ふ」と優しく笑って、


「ともあれ良かったです」


 と幸せそうにつぶやいた。






『3 珍客の真意とモンブラン』


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