第13話 モンブラン
「モンブラン……?」
猫の目の前にある〈モンブラン〉は【フレジエ】でそこそこ人気のケーキ。
丸い底生地に薄茶色のマロンクリームがぐるぐるとうず高く、美しく絞られていて、頂きに小さな三角のチョコレートが品良くあしらわれている。ちなみに私はまだ食べたことがなくてそのマロンクリームの味や底生地がなんなのか、そしてこのうずの中がどうなっているのかは知らない。
翔斗さんは自身の顎に手をつけて考え込む姿勢になった。う、カッコイイ。
「モンブランについての話を、最近させていただいたんです」
「へ」
「もとはフランスとイタリアの国境にそびえる標高約四八一◯メートルの雪山の名で、意味はそのまま『白い山』。菓子としては中世時代にふもとの町で家庭菓子として作られていた栗の郷土菓子がはじまりとされている、フランスとイタリアのどちらも発祥とされるケーキで」
「えっ、『栗』って意味は含まれないんですか?」
「ああはい。フランス語で栗の加工品は主に『マロン』と言われます。ですから『栗のモンブラン』ならば『モンブラン・オ・マロン』というのが正式名称となります。ちなみにイタリア語でモンブランは『モンテビアンコ』と呼ばれます」
「へええ……ってそんなこと言ってる場合じゃないですね」
翔斗さんは軽く頷いて猫に向き直る。
「二日前、モンブランについてお話させていただいたお客様は」
早くも鼓動がドキドキとうるさく鳴り始めていた。
「蒼井さま……」
つぶやくように翔斗さんが言うと、猫の耳がピクリと反応した。
「……オタマちゃん、ですか?」
「ナアァァアオン」
な、鳴いた!
「つまり蒼井さまの身になにかあったんですね?」
「ナアァァアオン」
す、すごい。たぶんその通りなんだ。
猫、オタマちゃんはのっそりとショーケースから前足を降ろすとテトテトと出入口のほうまで歩き、そこでこちらを振り向いてまた「ナアァァアオン」と太く鳴いた。
「『来て』……ってこと?」
私が言うと翔斗さんも「みたいですね」と頷いた。
出入口のドアを開けてやるとオタマちゃんはするりと出てゆきトトト、と小走りに進み出す。
その揺れるおしりを見つつ翔斗さんは「本当は僕ひとりで行くべきなんですが」と少し言いづらそうに「猫に触れられないので」すみません、と私に同行を求めた。
「もちろん、お供します!」
乗りかかった船だもん。断られても頼むつもりだった。
そんな翔斗さんは厨房に向かって「いちご!」と店長を呼ぶ。
「緊急の用で二人とも外出します。売り場をお願いします」
状況を知らないいちごさんは当然「は?」と驚きの声を上げたけど説明している暇はない。
「ちょちょ、なに。いきなりそんなの困る────」
「わるい!」と強引に会話を打ち切る翔斗さんに続いて私も「すみません!」と頭を下げて揃って店を出た。
走ってオタマちゃんを追いながら、なんとなく思い出す。
──わるい!
さっきの翔斗さんの謝り方、なんかイメージとちがったような。
斜め前を急ぎ足で進む翔斗さんに目を向ける。
表面王子────。
裏の顔が、やっぱりあるんですか?
それは、どんな?
「ゆっちゃん」
「あ、はい!」
「ここみたいですね」
「えっ」
三分もしないうちに着いたそこは、よくある小さな二階建ての一軒家だった。
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