第12話 触れない理由

「な、なんで!?」

「さあ……さすがに猫のお客様は初めてです」


 おそらくマダムたちに紛れて入ってきたんでしょうね、と言いつつ翔斗さんはカウンターから出て店の隅にじっと居座る三毛猫のそばに寄る。


「いらっしゃいませ、猫さん。今日はどういったご用件でしょうか」


 マジメに訊ねるからつい笑ってしまった。猫は答える気も退く気もないみたいで無視を決め込む。


「ふむ……どうしましょうね」


 翔斗さんは軽く息をついて立ち上がると「ゆっちゃん」と私を見た。


「猫、触れますか?」

「え……は、はい、触るくらいは」


 前に友達の家で飼われている猫を触ったことがあった。毛がすべくべで、身体はとってもしなやかなんだ。


「よかった。申し訳ないのですが、この子を外に出していただけませんか」

「えっ」


「置いてあげたい気持ちは山々なんですが。うちはケーキ店ですし……お客様全員が猫好きとは限らないので」


「そ、そうですね」


「あと僕は猫アレルギーなんです」

「え!」

「すみません。よろしくお願いします」


 そんなわけで私が猫の両脇を抱えて持ち上げ、翔斗さんが開けておいてくれる出入口のドアをくぐって外へ出た。


 猫は毛並みも良くなによりとても太っていてずっしりと重かった。なんというか、とても野良、という雰囲気じゃない。


「ど、どこに逃がせば……?」


 迷ううちに猫は自らするりと私の手を抜けて着地し、テトテトと歩いていってしまった。


 な、なんだったんだろう。



 そして翌日、日曜日のこと。


「ゆっちゃん」

「はい……?」

「見てください」


 すらりと長い翔斗さんの指がさすそこには。


「え……え!」


 昨日と同じ所に、同じ猫がいた。



「さすがに気味が悪いですね」

「ですね……」


 いつもにこやかな翔斗さんが珍しく怪訝な顔をしていた。


 二人でカウンターを出て猫のそばに寄る。

 間違いなく昨日と同じ猫だった。そして気のせいか昨日より手足や毛が汚れているような。


「この子、飼い猫かなって思うんです。すごく太ってるし、毛並みも綺麗で」


「迷い猫、ということですか」

「たぶん……」


 道に迷って家に帰れなくなってしまったのかもしれない。


「こういう場合って、どこに連絡すればいいんですかね。ネットで検索すればわかるかな……?」


 警察、保護猫団体、保健所……はちがうか、などと考えていると、翔斗さんが「いや」とつぶやくように言った。


「もしかしてお客様のなかのどなたかの猫かもしれません」


「え?」


「猫を飼われている方はたくさんおられるのですが……三毛猫はたしか」


 え。え。え!

 そんなことわかる? いくら常連でもケーキ屋さんで家の猫の模様の話までする?


「翔斗さん、いくらなんでも」


 と、その時、猫が突然のっそりと立ち上がって私の脚のすぐ横を通りショーケースへと近づいていった。


 両方の前足を揃えてショーケースに寄りかけるようにして後ろ足だけで立つと、あるひとつのケーキ、『モンブラン』をじっと見つめてくんくん、と鼻を動かす。


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