第9話 正論と思いやり

「そう、単に勘違いされているだけのことなんです。だから『正しいこと』をお伝えして、お客様の不安を拭い、ご納得いただければと思ったのですが……」


 ──うるせえ! 客の俺がゴミだっつってんだからゴミだろーが! この店はゴミ入りの菓子を平気で売ってんのかよ!


「逆鱗に触れた原因はおそらく、お連れの女性の前だったこと、でしょうかね。恥をかかされた、と思われたんでしょう。たちまち顔を赤くされて大声で『ゴミ入りだ』『ゴミシューだ』と騒ぎ出されまして」


「う、うわぁ……」

 なんて迷惑な行為だろう。


「同席されていた女性がやめるよう言っておられたんですが、まったく聞く耳がなく。しまいには『SNSに今すぐ流してやる』といったことまで言い出して、勝手に録画を始めて」


「ひえ」

 そんな状況なんてどうやって収めればいいのかぜんぜんわからない。


「ほかのお客様もおられましたので、仕方なく『これ以上騒ぐなら警察を呼びます』とお伝えしたんです。そうしたら一緒にいた女性が『もうこんな人に付き合いきれない!』と店を出ていってしまって」


「あらら……」

 でも自業自得、だよねぇ。


「男性もさすがに焦ったようで。女性を追ったんです。その時に」



 ──ぜってぇまた来るからな! こんな店ぶっ潰してやる!



「そんなわけだったんですよ」


 翔斗さんは懐かしむように目を細めて、店の出入口のほうを見つめて微笑んだ。


「それでカメラを」


 言いつつあの日に見た場所に目を向けると、そこにはもうあの小型カメラはなかった。


「あの時のカメラ、もう付けてないんですね」


 訊ねると「ああ、あれは」と翔斗さんは笑う。


「ただのオモチャですよ」

「え!? で、でもあの時」


 ──昨年もアレのお陰でおひとり、逮捕していただきました。


 って言ってませんでした?


「ああ、あの言葉もハッタリです」

「ハッタリ!?」


 すっごい度胸じゃない?


「まああの件は僕も配慮が足りなかったと後からかなり反省したんです。お連れの女性の前や他のお客様もいた中で無遠慮に間違いを指摘してしまったので」


 本当は男性の格好がつくように私どもはもっとこっそり、誰にもわからないようにお伝えしないといけなかったんです。と。


「だけど……クレーマーにそこまで配慮してあげなきゃいけないものですか?」


 すると翔斗さんはすらり、とその視線を私へと移してにっこりと笑った。


「いえいえ。クレーマーとはいえ大切なお客様ですから。お怒りになるということは、せっかく幸せな気持ちで購入されて食べ始めたスイーツだったのに、その期待が大きく外れた、ということ。スイーツに対する期待のお気持ちと、スイーツを食べるひと時の大切さ、それが大きければ大きいほど、お客様のお怒りの気持ちも大きくなるんです」


 大切な記念日、誕生日、お祝い。そこに添えられるスイーツは最大の幸福でなくてはならない。


「たとえその怒りがお客様の勘違いによるものだとしても、単純に『あなたの間違いですよ』と言うのではなくて、『不快な思いをなさりましたね』と寄り添える、そんなヴァンドゥールに僕はなりたいんです」


「翔斗さん……」


 コロン、とドアベルが鳴ったのはその時だった。



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