第8話 あの真相とシューの味
翔斗さんは懐かしそうにその目を細めて、そしてショーケースを内側から眺めた。
「もとはよくあるクレームでして。簡単に言うと『シュークリームにゴミが入っていた』というものです」
「ゴミ……ですか」
事実だったらたしかに嫌だ。けど『ゴミ』とだけ言われても正直よくわからない。
「店頭で仰られたので、その場で詳しくお伺いしたんですよ。それがゆっちゃんが来る前日夕方のことでした」
「ゴミって、どんなものだったんですか?」
「買ったシュークリーム、三個すべてに混入していた、と」
「え……? そんなにたくさんのゴミが混ざってしまっていたんですか?」
それではほかのお客様のものにも混入していただろうに。ほかからのクレームはなかったのかな。
「そうですね、話によると、クリームの全体に、黒く……」
思わず顔を強ばらせた私を見て翔斗さんはくすりと笑って、そしておもむろに屈んだかと思うとショーケースからシュークリームをひとつ取り出してきた。
「えっ……」
「見てください」
ためらいなく、手で半分に割る。中からはぷるぷるでありながらもふわふわで、たっぷり詰まった薄黄色のクリームが顔を出した。
「うわっ、お、おいしそう」
ごくり、と唾を飲んだ。
「はは、そうかもしれませんけど、よく見てください。ほら、クリームを」
言われて顔を近づけると……え。これは。
「まさか……」
「はい。そのまさかです」
「バニラビーンズ……ですか?」
訊ねると微笑んで頷き「せっかくなので半分どうぞ」なんてのん気に差し出してきた。
「え、でもこれ、売りものじゃ」
「食べるのも勉強ですよ。どんな食感で、どのくらい甘いのか。風味はバターが強いのか、あるいは卵なのか。なかのクリームの量、バランス、それと綺麗に食べ終えるコツなんかも。販売員として答えられるに越したことはないです」
「た、たしかに」
でも店長には内緒で。と近距離で微笑まれてまた顔が熱い。
「んんん! おいしい。生地はけっこうしっかりめなんですね」
「そうなんです。この食感を出すのにかなり試行錯誤しましたから。そのシュー生地と絶妙にマッチさせたクリームの贅沢な味わいが当店の売りなんです」
「え、翔斗さんがレシピを考案されたんですか?」
「ちがいます」
「ちがうんだ」
まるで開発者みたいな話しぶりでしたけど?
「で。あの時のクレーマーはこのバニラビーンズを『ゴミ』と勘違いしていた、というわけだったんです」
翔斗さんは大して汚れていない手を布巾で拭いながら言う。
「そんなことって……」
「まあよくありますよ」
事実に驚きつつ「それで」と話の続きを促す。
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