第10話 謎の忠告

「いらっしゃいませ────お。噂をすれば」


「へ」


 目をパチクリする私の前に現れたのはなんとあの日の怖いクレーマーの男性で、私は驚きと恐怖であわや腰を抜かしかけた。


「よぉ、翔斗。久々だな」

「お久しぶりです、竹内さん。今日はご家族お揃いで。バースデーケーキのご予約ですね、そろそろお越しになる頃と思っていました」


「毎度言うけどお前ほんとよく憶えてるよな。脳みそどうなってんの? はっはっ」


「天職なもので」


 お辞儀とともにさらりと返してにっこり笑った。えええええ。だって、この人はあの日、警察沙汰になりかけたクレーマーだよ? それがなんでこんなに翔斗さんと親しげなの? なんだかもうよくわからない。


「竹内さんは今やうちの常連さんなんです。あれからご結婚されて、お子さんもお嬢さんがおひとり」


 伝票を用意しつつ小声で私に教えてくれた翔斗さんに「へ……ええ」と引きつった笑みで答えた。


「あれ。新しいバイトの子?」


 クレーマー……じゃなくて。竹内さんに翔斗さん越しに訊ねられて「あっ、ハイ!」と緊張しながら答えた。


「若いね。高校生とか?」

「そ、そうです」


 わわわ、なになに、怖い!


「竹内さん。うちのアルバイトを怖がらせないでください」


 翔斗さんが割り込んでくれてホッとした。……のもつかの間。


「へへ。お嬢ちゃん、この『表面王子』には気をつけな? まじで表面だけだからな。絶対に惚れちゃダメだよ。大怪我するからね」

「えっ」


 こっそりとそんなことを囁かれた。



 表面王子……ってどういう意味だろう?



 まさか。翔斗さんがいつも見せるこの穏やかな顔は偽りの仮面で、その優しい瞳にも、紡がれる温かな言葉にも、ほんとうは裏がある……とか?



「ゆっちゃん?」

「あ…………いえその」


「どうかされました?」

「い、いえ! なんでもないです」


 慌てて首を横に振った。

 気になったものの、もちろん本人に訊くこともできずに結局はうやむやになった。


 いや。


 ほんとうは訊くのが怖かったのかもしれない。私が翔斗さんにこれまでずっと抱いてきた印象のすべてを壊されることが。





『2 あの真相と謎の忠告』



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