第5話 喋り方?
「…………ひ、ひぇ」
ドアが閉まると途端に私は腰が抜けて床にぺたん、と座り込んでしまった。まだ手がキンキンに冷えてぶるぶると震えている。
そんな私の後ろから両肩に「大丈夫? 怖かったね」と手をかけてくれたのはいつの間にか売り場に出てきていた店長のいちごさんだった。
「い、いちごさん……」
初めて名前を呼んだというのに思わず抱きついてしまった。
「よしよし。びっくりしたね。ごめんね」
いちごさんはそんな私を優しく受け入れて背中を何度もさすってくれた。
でもなんで謝るんだろう、と思っていると。
「まったく
いちごさんは目を細めつつ、こちらに戻ってきたショートさんに向かってたしなめるように言う。
「いやいや。カウンター内に乗り込まれでもしたら堪らないですからね」
それはつまり、私をかばってくれたんだ。
「相手が刃物でも持ってたらどうするつもりだったの?」
「はは。勘弁してほしいですね。でもその時は迷わず通報してください。まあ最低限、急所に受けるのは避けます」
なおも余裕の笑みを見せるショートさんを前に私はもはや絶句する。
いちごさんは小さくため息をついて「その喋り方だと調子狂うわ」と厨房へと引っ込んでしまった。
え、喋り方……?
私が不思議に思って見ているとショートさんは微笑んで「さあ笹野さん、片付けておしまいにしましょうか」とさらりと話題を変えた。
────あれから、約二年の月日が経った。
あの日、職業体験でお世話になった【洋菓子店 フレジエ】にはその後お客さんとして何度か行ったりはしたものの、高校受験や新生活が忙しくていつの間にかすっかり疎遠になっていた。
そんな私が再び【フレジエ】の扉の前に立ったのは、テストに部活にと忙しい高校生活にもようやく慣れた一年生の秋のこと。
すっかり緑が弱くなった沿道のツツジの葉の間から、にゅっ、と空高く伸びるイチョウの木。その葉は黄緑色から徐々に黄金色へと移り変わり始めていて、色濃い空の青とのコントラストが絶妙だった。
身を包むような秋風の中、ドキドキと胸が高鳴る。
憶えていてくれるだろうか。
彼はまだそこにいるだろうか。
『ヴァンドゥーズ』
そんな未知なる職業を、身をもって私に教えてくれた、
私の初恋の人は────。
コロン……
『1 神業接客と淡い初恋』
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