2 犬の散歩
カインは路銀を集めるため、ギルドへ寄った。
冒険者ギルド。
ここでは、
依頼を受けてくれる全ての人間を冒険者と呼び、
主に雑用をさせる。
闇が深く、強い光を持つ。
夢と希望、絶望と現実が
街中にひとり、ぽつんとある石造りの建物。
内部には、屈強な冒険者たちが
「おい、マジかよ……」
「アイツ……まさか……」
掲示板に貼られた紙。
そこに記された場所へ行き、
具体的な内容を聞く。
それが決まった流れである。
カインがいま選ばんとするクエストは、
その単純な文章とは裏腹に、
想像を絶する内容だった。
もちろん、この時の彼は予想できなかったが。
しかし、
カインは薄々、感づいている。
周りの反応を見れば明らかだった。
「命知らずもいたもんだ……」
「アイツは勇者か? それとも愚者か?」
モヒカンレザーの世紀末な奴でさえ、
口と目を全力で前に突き出している。
「犬の散歩を受ける奴がいるなんて……!」
女の声を皮切りに、
ザワザワ音が勢いを増す。
カインは顔で平静を保つが、
内心は揺れている。
その証拠。
現在進行形で、
3歩、歩くたび上半身が震え、
また3歩、歩くたびに下半身が震えている。
しかし、後戻りはできない。
次の“さんぽ”は何が来るか。
口だけ笑顔で彼の地へ向かう。
報酬金。
旅費、半年分の金貨10枚を得んがために……
カインは依頼主が示した場所へ来た。
荷物はギルドに預けている。
いちおう服も着替えていた。
豪邸。
お貴族様の自宅。
そこらの家より広い庭に、
ギルド一個分ほどの家だった。
「ふん、アンタが冒険者かい。
コイツがうちのライデン太郎だ。
少しでも汚したら報酬金は0さね。
じゃ行ってきな」
ライデン太郎。
犬はその名前にふさわしく、
そして黒い。
黒く輝いている。
依頼主のおば……
女性は、家の前でシッシッ、
と言わんばかりに手首を支点にして、
手を上下に動かす。
「ど、どうも、いい名前ですね……
では行ってまいります」
首輪もカインの身長より大きい。
庭がなければ犬は生活できないだろう。
「早く行きな!」
男の背中は頼りなく、
下に曲がっている。
それは好きでもない仕事を家族のために頑張っているお父さんの仕事帰りのような背中だった。
もっとも、この男に妻や子供はいないが。
とにかく、猫背気味だ。
犬は走って街を出る。
その速度は高速道路の自動車並みで、
ついていくのに必死だった。
リードを繋いでいるが、
リードされているのはカインの方だ。
街に出た先は森。
ここにはライデン太郎の好奇心を満たす何かがあるらしい。
カインは犬と仲良くなるべく手を差し伸べる。
が、しかし、
男の想いを裏切るように犬様は噛みつく。
「っく……」
男はすぐさま手を引っ込めると、
自分に治療魔法をかけた。
緑の光が溢れ、傷口が塞いでいく。
血はそのままだ。
それをポケットから出したハンカチで拭う。
「お前、やるな……」
「ワン!」
犬らしい鳴き声を聞いて、
カインは口を開く。
「犬……なのか?」
もっともな疑問だ。
しかし、
犬は気にすることもなく森の奥へ足を進める。
「はぁ……」
背に腹は代えられない。
男は路銀のため、戦い続けるのだ。
犬は泥の湖へたどり着く。
ここには大好きな匂いである、
腐った肉がいっぱいだ。
具体的には動物の死骸がカエルの数ほどいる。
「マジかよ……」
男は思わず若者言葉を口にしてしまう。
その言葉をトリガーに、
犬は前進を始めた。
泥の方向へ一直線。
男は思い出す。
少しでも汚したら報酬金は0さね。
という、おば──女性の言葉を。
「おいバカ! やめろ!」
ふぎぎぎ……とヒモを引っ張る。
この
その力は男がこれまで体験した、
どんなペットのパワーより勝っている。
とはいえ旅人だ。
この世界を旅するには、
ある程度の力を必要とする。
すなわち。
「ライデン太郎ゥ……こっちに……こい……!」
なんとか犬を引きずって危機から脱出した。
男の額には苦難の文字が見える。
犬の引きずり跡は、
5cmほど地面にめり込んでいた。
「お前とは戦いたくないぜ、全く」
その後すぐ。
犬は突如、突然、走り出し、
森を抜けて草原へ。
街からは500mほど離れている。
「って、また泥かよ」
よほど泥が好きなのか、
汚れるのが好きなのか。
犬は泥から泥へとパッパパラリラ、走りつく。
「ワオーーーーン」
犬は
思い出したかのように遠吠えをカマした。
すると、泥から何か
犬はハッハッと息を荒くし、変な鳴き声を出し、
挙げ句、愉快に前足だけ跳ぶように動かす。
「ワブル……クォォン!」
男は目を細くして犬と泥を伺うと、
浅い泥の池から出る、小型の動物を確認した。
「アイツ、ドロズキトカゲだな……
って! マズイ!」
男は何かに気づき、
犬の前へ庇うように大の字で立つ。
トカゲと呼ばれた茶色く子犬サイズの動物は、
怪しい彼らを見て、尻尾で泥を飛ばした。
「よ、よかった……
最悪の事態は
しかし、嫌な状況には変わりない。
男の正面は泥に見舞われている。
ヒモが異様に大きいショルダーバッグのよう、
そんな跡がくっきりと付けられた。
「いつもの服じゃなくてよかった……」
念の為に、
と着替えていたのが功を制したのだ。
犬は興味をなくしたのか、
男を引っ張る。
「はいはい、
飽きるまでどこにでも行ってくれ……」
犬はその言葉を聞き、
走り出す。
馬よりも速いピッチとストライドで。
その後も、
泥を3件、訪れては全てカインが庇った。
池に落ちそうになれば身代わりになり、
鳥の糞が落ちれば身代わりになり、
蜘蛛の巣があれば護身用の剣で斬り……
とにかく散々な1日であった。
満足したのか犬は歩いて帰る。
走りはしなかった。
カインはコン、コン、とドアを叩く。
夕日が赤く、日が落ちそうだ。
男は顔の肉で目を潰そうとする。
「あいよお待ち」
体についた泥は渇き、
持っているリードの泥は、
カインの水魔法で洗い流していた。
「完璧だ……!」
小声とともにガッツポーズ。
拳を握る。
ガチャ、と扉が開いた。
「おおー! アタシのライデン太郎やー!」
お……女性はドレスを着飾っていた。
犬の頭に上半身をワシャワシャと擦り付ける。
「婦人殿。これでよろしかったでしょうか?」
「あぁ、報酬のことだね。
持ってきな。
この依頼をこなしたのはアンタが初めてだよ。
全く、最近の冒険者は
あはは、そうですかと金貨を受け取った。
手で渡された金貨を犬が見る。
「……お前には絶対あげないからな、ったく」
「ワン!」
男はポケットに金貨をしまい込み、
犬を撫でた。
犬はクゥ〜ンと男の頭を舐める。
「おや……珍しいね。
アタシ以外の人に懐くのは。
アンタは運がいい。
うちの散歩師として雇ってやろうか?」
「あ、あはは……遠慮します」
次には「そうかい、じゃあ帰んな」
と冷たくあしらわれた。
依頼完了の旨を伝えるため、ギルドへ戻る。
「おい……まさか……」
「いやいや、ありえませんね」
「う、嘘でしょ?!」
男は胸を張っている。
泥まみれなのに堂々としている。
握りしめているのは金貨と紙切れだ。
「英雄の帰還だー!」
「「「うおおおお!」」」
野郎どもが叫ぶ。
それにつられて驚愕(?)の声が合戦を始めた。
頭を押さえていたツルピカ君も、
スチャスチャしていたメガネ君も、
口を押さえていた少女君も、
みな一様に大声で祝福する。
「すげぇ!」
「勇者だったのか!」
「やるじゃん!
ってかマジで?!
コレ夢じゃねぇの?!」
「命知らずが……!
やりやがったな……!
泣かせやがって……!」
カインは笑う。
今度は満面の笑みで。
嘘偽りない自然な笑顔を見せる。
報告した後。
祝杯と称し、
タダ飯にありつく事ができた。
めでたし、めでたし……
カインの冒険 柑橘系のハイゲーマー @33333kann
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