カインの冒険

柑橘系のハイゲーマー

1 旅嫌いの少年

「ヤダ! ずっとここにいたい!」


 カインが目にしたのは叫ぶ子ども。

 その親らしき人物が、

 顔を真っ赤にしてなだめていた。

 引き連れた馬車馬ばしゃうまは後ろ足で地面を蹴る。


「ライド! お前はそれでも男か!」


「そうよライド、

 いいから私たちの言うことを聞きなさい」


 説得もむなしく、少年は両親から逃げ、

 村のどこかへ向かって走り去った。


「あぁ、なんてこと……」


「気を落とすな。

 アイツも薄々、気づいてるんだろう。

 もう二度とここに戻らないってな。

 もう二度と、友達に会えないんだって……

 王都へは1か月あれば行ける。

 今日くらい許してやろう」


 クーラーボックス2個分ほどのリュックを背負った青年、カイン。

 彼はその場を離れる。

 あの家族に気取られないよう、静かに。




 白銀の髪を持った青年は村を散策している。


 村といえど、村長のいる村。

 つまり、国が支配している。

 そうなれば必然的に取引が生まれたり、

 ここを拠点とする者も出てくるだろう。

 すなわち、店や宿、ギルドまで、

 最低限は揃っている。

 そろそろ呼び方が街に変わる頃だ。


 いま彼がいるところは、露店の群生地である。


「おっ、そこの兄さん!

 よかったらここで買ってかないか?」


 白銀の髪をしている彼は振り向かない。

 武器屋の男は腰にある傷物の盾や小剣を見て、

 善意で喋りかけたのだが。


 商品を一目だけ見るや、すぐに次の商品を。

 ただひとつしかない獲物を狙っているよう。


 しばらくして、

 カインは1㎡の紙を1枚だけ買った。


 して、飲食店へ向かう。

 すでに把握していたかのか、一直線に。

 そこでは特産のリンゴジュースと、

 鶏肉とリンゴ、はちみつに汁系の調味料を混ぜた料理を注文する。


 物が届くまで、

 買った紙に何かを書き連ねていた。






「ライド! お前っ!

 王都に出発したんじゃねぇのかよ!」


 ライドの友達と思わしき少年と、少女がいる。

 身長は全員140cm前後。


「そうよ!

 あの日の涙はムダだったの?!」


 ふたりは地団駄ぢだんだを踏みながら問いかける。

 ライドは下を向き、

 目を左右に泳がせていた。


「ライド!」


「……そう、だよな。

 僕たち、お別れ、だもんな……

 うっ……」


 少年ライドは涙ぐむ。


「バカ! 泣くな!

 男だろ!

 ……お前が泣いたら、俺も泣きたくなるだろ」


 少女に関しては涙があふれていた。

 そこへ、地面を蹴る音がする。


「だ、誰だ!

 俺たちのヒミツ基地に侵入してくるやつは!」


 その旅人は声を聞いても止まることはない。

 少年はとっさに近くの、

 ところどころが削りすぎている石製の槍を持つ。


「止まらねぇならぶっ殺す!」


 槍を持った彼は旅人へ、

 秘密基地の上から全体重をかけて飛び刺す。


 男ながら妖艶ようえんな雰囲気を醸し出す彼は、

 腰にある木製の盾を左手で取り出し、

 左から右へ薙ぎ払う。


「うわっ!」


 少年は倒れ、起き上がれそうにない。


「どこから来るかバレバレなのに目をつむれば、

 いい攻撃だった」


「く、くそぅ……!」


 カインの言葉をかてとして立ち上がろうとする。


「……えいっ!」


「ま、待て! まだ早いって!」


 少年は目をかっぴらいて言った。

 目線の先には少女がいる。

 たったいま、石を投げた少女が。


 石はみじめにも、

 そもそもカインに届いてすらいない。


「てやぁぁぁ!」


 彼……ライドはその隙を狙っていた。

 1mほどの大きさをした磨かれた木の棒で、

 カインの腹を叩く。


 無惨にも、大人気なく、

 怯むことすらせず、子どもを掴んで投げ倒す。


「ぐはぁ」


「て、てめぇ……なんで俺達の基地を……!

 許さんぞ!」


 カインは首を横にふる。


「別に君たちを貶めるために来たわけじゃない」


「じゃあなんで!」


 カインは、先ほどの紙を取り出す。

 そしてライドに見せつけた。


「君たちはいい旅人になれそうだ。

 もったいないと思ってね。

 この紙には、

 王都からここまでの地図が描かれている。

 10年くらいは使えるだろう」


「何が言いたいんだ?」


 彼は、

 起き上がろうとするライドの手のひらに紙を。


「ライド、と言ったかな。

 君が大人になったとき、

 それでもこの村に行きたければ……

 この紙を持って向かうといい。

 10年後にはもう余裕でここまで来れるはずだ」


 王都には私によって書かれた本が出回っているはずだ、と言い残してカインは行く。

 食料やらを買い溜めるため、露店市場へ。


 残された彼らは話し合う。

 過去のことを、これからのことを。






「ライド……どこにいるんだ……」


 ライドの父は頭をかく。

 母はそんな男の背中を支えている。


「お父さん! 僕、旅に出るよ!」


 馬車のそば。

 少年が走りながら叫ぶ。

 その姿を目に焼き付けたカインは、

 彼らと対になる方向へ歩き出す。


 誰にも気取られることなく、まっすぐと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る