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その日も彼らは、共同スペースで穏やかに過していた。


珍しく黒髪を馬の尻尾の様に結った雲渡 海斗と仲良く手を繋いでテーブル席の椅子に腰掛けた彼は、目前で同じく座る朝日 登や明星 輝夜と談笑していた。


彼らは、よく此処に集まって話に花を咲かせるのが最近の日課になっているらしい。


たまに何もないスペースを見つめながら、二人の話を聞いている彼に、朝日 登と明星 輝夜はどちらともなく語り出す。


愉しげな雰囲気を察して山並 昴や大空 渉、曉 霞も次々と加われば、其処だけ一段と賑やかになった。


彼らの抱える病は色々と問題が大きかったが、その中心にいる彼のお陰もあるのだろう……彼らは互いに揉める事なく平穏に会話を成り立たせていた。


皆が穏やかに過ごす昼下がりは、普段は忙しなく働く看護師達にも束の間の休息が訪れる。


昔と違い、極度の妄想癖で暴れる事が無くなった朝日 登は、出鱈目ではあるが家族やペットの話を穏やかに語る様になり、すぐにやけを起こして自傷に走っていた明星 輝夜は、肩に掛かる切り揃えられた明るい茶髪を気にしたり、笑うまでに回復した。


前は病室に引き籠もりがちだった雲渡 海斗は、彼から終始離れる事なく、彼の隣で会話の輪に入る様になり、すぐに癇癪を起こして誰彼構わず当たり散らしていた山並 昴は、今ではすっかりまともになって雲渡 海斗の歯止め役となっている。


全てを忘れてしまう恐怖から、人と距離を置くために自ら此処に入った大空 渉は、時々昔を思い出した様に周りに語り出し、普段から聞き手に回っていた曉 霞は、吃音症の恥ずかしさから口を閉ざしていた前とは違い、今では少しずつ拙い言葉で話す様になった。


彼らをここまで変えた彼は、まさに救世主だと看護師達は語った。


そんな事とは露知らず、彼は今日も彼らとの会話を楽しんでいた。


彼にとっても皆にとっても、この時間だけは一番の喜びだった事だろう。


けれども、そんな日々は長く続かなかった。

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