とある患者の消息

冬生まれ

1

その患者は、まだ成人にも満たない青年だった。


十六夜 光助【いざよい こうすけ】。


年齢は十五才。


薄茶色の短髪に、常日頃から笑顔を絶やさない明朗な好青年であった彼は、自宅で亡き両親と共に暮らしていたという。


異臭騒ぎで警察が駆け付けると、既に死亡していた二体の変死体は腐敗しており、彼はその事も知らずに暮らし続けていたという。


死体遺棄の可能性を疑われ、彼は一度警察に身柄を拘束された。


精神鑑定の結果、統合失調症との診断が下され、彼の親戚である身元引受人の意向で、この精神病棟に入院となったのだ。


誰にでもフレンドリーであった彼は、この病棟では珍しく交友関係が広かった。


同じ統合失調症で妄想癖が強い男子高生だった朝日 登【あさひ のぼる】や、解離性障害で強いストレスに弱い女子学生の明星 輝夜【あけぼし てるよ】とは歳が近く、よく話している処を見掛けられた。


それから彼より二つ年上の青年である上下のスウェットに肩まで伸びた黒髪で暗い印象を持つパーソナリティ障害の雲渡 海斗【くもわたり かいと】は、彼の病室に忍び込んで共に寝たり、毎朝出向いては常に着いて離れず、それを目撃した双極性障害の金髪不良少年だった山並 昴【やまなみ すばる】に、よく怒鳴り散らされていたという。


他にも若年性の認知症を患った元会社員の男性、大空 渉【おおぞら わたる】や、自閉症で尚且つ吃音症を患っていた幼い少女の暁 霞【あかつき かすみ】も彼といる処を何度か見掛けられた。


多種多様な病状の彼らを素直に受け入れる彼は、皆からよく慕われており、彼らは口々に彼の事を『好きだ』と告げていた。


しかしながら、やはり彼もこの病棟の患者であった。


普段はごく普通の青年なのだが、稀におかしな事を口にする。


「なぁ、看護師さん」

「なぁに?光助くん」


いつもの様に薬を持って来る看護師に、彼は病室のベッドで胡座を掻きながら訝しげに訊ねる。


「オレってさ、もうすぐ退院出来る?」

「どうして?」


彼は白い壁を見つめながらに言う。


「✕✕✕さんが、そう言ってるから……」

「えっ?」


その名前はよく聞き取れなかったが、看護師は笑って告げた。


「いいえ。その予定はまだ無いはずだけど?」

「ふぅん……そっか」


彼は納得した様に頷き、薬を服用した。


看護師は彼の病状を知っていたので、あえて深く追求はしなかった。


彼には時折、その症状が現れるのだ。


深夜、誰も居ない病室で誰かと話していたり、会話の中に家族以外の知らない人物の名をあげていたり、いつも誰も居ない場所を見つめていたりと、彼は普通でいて普通では無かった。

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