8-1


東京は、連日うだるような暑さがまだ続いていた。


そんな中、都内にある平和公園で、4年前に起きた“エチオピア日本大使館襲撃事件”の追悼式が行われた。

明人たちは、追悼式に出席する要人たちの同行で、会場の周囲にて待機をしていた。


4年前の今日、エチオピアにある日本大使館を訪れた当時の神園かみぞの智樹ともき外務大臣ら政府関係者が、武装集団に拉致され、数日後に殺害されるという痛ましい事件が起きた。


追悼式は、当時を知る政府関係者の他、多くの市民が参列し、会場内は熱気で溢れ返った。


曾村そむら蒼斗あおとは、スマホをポケットに戻すと、閉会の挨拶を述べる河越かわごえ栄八えいはち衆議院議員に顔を向けた。

挨拶が終盤に入り、ハンカチで額の汗を拭ったその時ーー


近くで爆発音が鳴り響いた。


大勢の人々が目を丸くして振り向くと、有楽町のオフィスビルを背景に、黒煙と炎が上がる光景が目に映った。

会場は騒然となり、SPらと共に総理や大臣、議員らは会場を離れ、参列者たちも一気に避難し始めた。



首藤しゅとう野希羽のきはは、参列者の流れる列に囲まれると、一人の青年にぶつかった。


「すいませんっ、大丈夫ですか」


野希羽とぶつかった勢いで座り込んでしまった青年に手を差し伸べると、青年は差し伸べられた野希羽の手を掴んだが、立ち上がる気配がない。


眉間に皺を寄せながら野希羽が青年をのぞき込むと、意識朦朧の状態であることが見て取れた。


数十秒もすると、会場からほとんど人がいなくなり静まり返った。


「首藤さん!」

折りたたみ式の担架を持った上原うえはら陽臣はるおみが、野希羽へ近づいて来た。

会場から少し離れた木陰まで青年を搬送すると、その2人の様子を見かねた別の職員が、水や冷却剤を持ってきた。


3人で青年の救護に取り掛かり、ひと段落したところで陽臣が野希羽をみる。

「首藤さん、救護班の方たち来たみたいだし、そろそろ班の元へ戻りましょう」

救護班の数名が、目の前まで近づいて来ると、陽臣は立ち上がった。


遠くにいるマイロや麗奈たちが、要人の近くで待機をしつつ、こちらの様子を窺っていた。


マイロがこちら側に向けて目で合図をすると、陽臣は頷いてみせた。

どうやら陽臣は、マイロの支持で、野希羽の手助けのため駆け付けたようだ。


「しっかり水分補給してくださいね」


青年へ一言だけ伝えて、野希羽が立ち上がろうとした瞬間、青年は野希羽の腕を掴んだ。


「あの・・・ありがとうございます」


ぐったりしている様子だが、青年は野希羽に精一杯の笑みをみせた。




――――――


品川で半年に一度行われるフリーマーケット会場は、前回にも増して飲食ブースが軒を連ね、ひとごみで溢れ返った。


「ねぇ野希羽、あそこのお店見に行かない?」

灯凜が野希羽の鞄を掴み、嬉しそうに数十メートル先に見える中東系のインテリア雑貨を指差した。


2人でカラフルなチャイの器を愛でていると、誰かに声を掛けられた気がして、野希羽が振り返った。


「やっぱり、あの時の」

優しい笑みで野希羽を見る顔は、追悼式でぐったりとしていた際にみせた笑顔だった。


「えーっと・・・野希羽、私知り合いのブース覗いてくるから、また後で合流しようね」


そう言うと、謎のお節介モードに突入した灯凜は、2人に後ろ姿で手を振ってみせた。


「この前のお礼をさせてください」

そう言うと青年は、遠慮する野希羽を無視して近くのキッチンカーへ連れて行くと、2人分のアイスコーヒーを購入した。


「アイスコーヒーで良かったですか?苦手なら他の飲み物を買ってきます」

野希羽にみせる美しい眼差しは、まるで逃げる術さえも失わせる。

青年と野希羽は、お互いの自己紹介をしながらフリーマーケット会場を眺めてゆっくり歩いた。


都内の美大に通う曾村そむら蒼斗あおと21歳。先日の追悼式は、亡くなった叔父の関係者枠で参加をしたようだ。

その叔父とは、当時の外務大臣である神園かみぞの智樹ともきだ。


曾村の歩調は乱れることなく前へ前へと向かい、絵を販売するブースへたどり着いた。


「よぉ、兄ちゃん。久しぶりだねぇ」

歯抜けの笑顔で2人を向かい入れた絵の売り主・永畠ながはた卓郎たくろうは、浮浪者の容態で左足を欠損していた。

永畠の販売する絵は、もがき苦しむ人や、死人を象徴するものが多い印象を受ける。


売り主の外見や人懐っこさと、題材とする絵のミスマッチさは、大勢の人が集うフリーマーケットに如何なものかと野希羽は思ってしまった。


「じつは僕、前回も永畠さんのブースを訪れたんです。永畠さんの絵には、思わず息をのむほどの悲壮感と美しさが漂っているんですよね」


そう言うと、曾村は憂いの眼差しで永畠の手前の絵に触れた。

触れた絵の値段に3万円と書いてある。その他の絵も2万~5万代で、どれも痛ましい様子を描写したものばかりだ。


野希羽にそれらの絵の良さは一ミリも伝わらなかったが、曾村が和やかに永畠と会話しているところを見ると、色んなものが中和された気がしてホッとした。

永畠から一枚の絵を購入した曾村は、野希羽と再びフリーマーケット会場をゆっくりと散策した。


「永畠さん、退役軍人なんです。20数年前の中東戦争や、4年前のエチオピア日本大使館襲撃事件後のエチオピア内戦に参戦して、そこで片足を失いました。その後は精神病棟で療養して、療養中に絵を描く楽しさに目覚めたと言っていました」

そこまで話すと、曾村は氷の全て溶けたアイスコーヒーを飲み干した。


野希羽が言葉を返せずにいると、野希羽のスマホが鳴り、『そろそろ戻れる?』という文字と共にニヤリとしたスタンプが送られてきた。

『そのまま彼と過ごしてもいいよ』と併せてメッセージが送られてきたが、そろそろ合流する、とメッセージを送信し、曾村とはその場で別れた。




――――――


「以前助けた彼、神園元外務大臣の甥にあたるそうですよ」


油淋鶏定食に箸をつける前に、陽臣が野希羽に向って話した。

「そんな事、もうとっくに知ってますー。だってもう彼と野希羽はお友達だもんね?ね?」

灯凜がニヤリとしながら会話に割って入り、野希羽に代わって曾村のことを逐一説明してみせた。


「まじかよ。イケメンの年下ゲットとか野希羽やるな」

やたら大きなリアクションでケイが大きく笑った。


「そんなんじゃありませんよ。・・少し気が合うだけです」

ケイと灯凜が愉快にしている隣で、明人は耳だけ傾けて、黙々と油淋鶏を食べていた。


ケイが月に3回程度、食堂の人気メニューのタイミングに合わせて集合をかけるのが定番化しつつある。

声がでかいとクレームを受けがちな弁慶だが、なんだかんだ好かれているため、全員その呼び掛けに応じている。


「そういえば今、有名な西洋絵画の展覧会が有楽町の奥村ホールでやっているみたいですよ。曾村さんを誘ってみたらどうですか?」

誰もが知っている有名画家たちの展覧会を、めずらしく明人が提案してみせた。


「絵の展覧会なぁ・・。秋が近づいたとはいえ、まだまだ暑いし、避暑地めぐりの一環で俺も同伴するかなぁ」

「わたしも西洋美術に触れてみたいと思っていたところだし、一緒に行っちゃおうかな」

愉快な2人はニンマリと野希羽をみた。


野希羽はケイと灯凜を交互に見ると、「絶対に付いて来ないでね」と童顔スマイルで言い放った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

倉森明人は、なぜかSPみたいな仕事をしています @tolucky1212

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る