7-2

暑い日差しはピークを迎え、明人たちの顔を照り付けた。


「無理・・・どっかで休もう」

散策の提案者は帽子を取って仰ぐポーズをとった。

サングラスまで外そうとしたので明人は急いで止めにかかった。


多くの若者で溢れ返る人通りを避けたい一心で、明人は新宿御苑を提案すると、考える余地を与える事なく、明人は2人の背中を押して、新宿御苑の方向へと歩を転換させた。


大きな並木道の庭園は、予想以上に3人へ涼しさをもたらした。

新宿御苑内には外国人と中高年層が多く、先程よりも一目を憚らず歩けると思うと明人は安堵した。


いつの間にか二日酔いから解放された男は、御苑から生み出される地域への経済効果とそれに伴う統計、そしてその内容から脱線して、いつの間にか脳の知られざる可能性について持論を展開し、明人とマイロはそれをひたすら聞かされて歩いた。


2人にとってあまり興味のない話だったが、歩を進ませるたびに形を変える木漏れ日と、江原の声を補助するかのようなセミの鳴き声は、非常に心地良いひと時を演出してくれた。


午後1時30分を回ったところで、遅めの昼食のために御苑付近のカフェに入ると、カフェの窓際に見慣れた姿があった。


「灯凜!」

「あ、明人・・・とあれ?」マイロの顔を認識すると、灯凜の表情が歪んだ。

表情が変わったのは、灯凜だけではなかった。


「江原さん!」

宮本司は目をキラキラさせた。

「あれ?灯凜ちゃんと宮本くん。知り合いなの?それとも?」

灯凜は、司が大学時代の友人であることを強調すると、なぜ司と江原が顔見知りなのか尋ねた。


「江原さんは、以前ウチの番組のコメンテーターを務めていたんだよ。いやぁ、あの時は本当にお世話になりました。江原さんのおかげで視聴率もだいぶ上がって、番組はおかげさまで5年目に突入しました」

「いやいや、司会進行が宮本くんに代わって、女性の視聴率を獲得したんでしょ。また会えて嬉しいな」

お世辞が苦手な江原の顔から、素直な笑みがこぼれた。


江原に続き、新たに公共の場を普通に歩いてはいけない人物が追加されてしまった。

明人は驚きと同時に、この場所が他人の声がほとんど気にならない賑やかなカフェであることに安堵した。


明人と灯凜の2個上にあたる宮本は、今乗りに乗っているアナウンサーだ。

様々なランキングのトップを占め、俳優顔負けの顔と知名度を誇る。


江原と宮本に挟まれる形で灯凜は2人の会話を聞いている。

2人の会話が弾み、段々と声のボリュームがアップしていくが、灯凜はまるで他人事のように傍観している。

先日、アルシオ一行とラーメン屋に向かう際、2人で細心の注意を払って行動したのに、あの”身バレ防止委員会”の絆はどこに行ったんだ、と灯凜に向けて明人は密かに嘆いた。


「おい・・。この前、ダイエットに関する動画観てたよな?」

ドーナツと紅茶を嗜む灯凜に向けて、マイロが弓を放つ。

「ひぃっ」

灯凜は、マイロの言葉の意味が一瞬理解できなかったが、昼休み中に関連動画で出てきた『ダイエットに効くストレッチ』動画を、自席で観ていたことを思い出すと、思わず口から悲鳴が漏れた。

覗き見する様子を想像するとたまらなく恐怖を感じ、怪訝な顔で上司を見返した。


上司に向ってセクハラを連呼する灯凜のなだめに入る明人の表情は、ほぼ泣きっ面だった。


「江原さん、まだしばらく日本にいますか?」

「来週アメリカに戻る予定だよ」

「そうですか。では次回日本に来たら、一緒に食事に行きましょう。連絡ください」

「うん。わかった」江原が優しい笑みを浮かべた。


灯凜のぼやきが収まる様子が見えないため、司はテイクアウト用の紙袋へ灯凜のドーナツを入れると、半ば強引に店を後にした。

その様子を江原は手を振って見届け着席すると、明人から店内でも帽子をかぶるように懇願された。



ランチを終えて食後のコーヒーを飲んでいると、3人はまた顔見知りの姿を発見した。

「あれって、蘇野原さんですよね?」

店の目の前の道を渡った先にあるカフェテラスで、女性とお茶をする蘇野原そのはら幸助こうすけを発見した。

「デート中かな?お邪魔したら悪いですよね?」

「そっとしておけ」

マイロはそういうと、目を閉じてアイスコーヒーを流し込んだ。

飲み終えたアイスコーヒーの容器をテーブルに置くと、ガラス張りの店内から、カフェテラスに向かう2人の姿が見えた。

「・・・」



「蘇野原さん、お久しぶりです」

「あ、倉森くん・・・と、瑶介?」

キョトンとする蘇野原に、江原は隣のカフェからこちらを見ている艶髪の主を親指で示した。

「あぁ、3人で来たのか。それにしても不思議な面子だな」

多分今後一生ない組み合わせです、と心の中で返答した時、ちょっとした眩暈が明人を襲った。


蘇野原と同席する女性は、どこかぎこちない様子だ。

「デートかと思って探りにきたけど、違うね」

江原は無表情で、椅子に座る2人を交互にみた。

「あぁ。だから、また後で」

柔らかい雰囲気でカップルを装っていたが、江原の言葉で蘇野原は少し素に戻りかけた。

江原は頷くと、明人の腕を掴み、道を渡った。

「明人くん、今任務中みたいだからそっとしておこうね」


その言葉の瞬間、明人の脳裏にアンティークを基調とした雑貨店が映った。

雑貨の他に、胴体のみのマネキン数体も併せて映し出される。

江原は虚ろな表情をする明人の様子を窺いながら道を渡りきると、明人の腕をそっと解放した。


マイロの手元には2杯目のアイスコーヒーが置かれていた。

「もしかして、一目で任務中なの分かった?」

江原の問いかけに、マイロはコクンと頷いた。

マイロの洞察力に対し、皮肉と冗談を交えつつ褒め称えながら、江原は2杯目のドリンクを注文するためレジへ向かった。


レジに向かう江原に続こうと歩き出した瞬間、明人はまた軽い眩暈を起こし、次に浮かんだ画は灯凜の姿だった。


明人に冷や汗が流れる。


「明人、思っていること全部話せ」

洞察力の塊が、明人に直球を投げかけた。


「班長、灯凜が退店後に、どこへ向かったか分かりますか?」

「・・・あの男が、どこかの雑貨店に向かうと話していたのが聞こえたが・・・」


退店の際に出入口付近で何か話している姿は見えたが、あの距離の会話が常人に聞こえてくるはずはない・・・スパイかよと思いつつ、明人は灯凜へ電話をかけた。

その側では今すぐ事情を話せ、と鋭い眼光が明人に訴えている。

留守電へと切り替わったタイミングで、明人は真っすぐにマイロを見た。


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