7-3

貿易で財を成した祖父は、渋谷に多くの土地を所有し渋谷に屋敷を設けた。

現役を引退すると、嫡男のきよしに社長の座を託したが、清に祖父の様な商いの才は皆無だった。

経営破綻に陥ると、親族から非難を受けてその座を次男に譲り渡す事態となった。

自尊心が人一倍強かった清は、ズタズタの心を埋めるかのように毎日浴びるように酒を飲んだ。


アルコール依存症になると、妻の永子えいこへ日常的に暴力を振るうようになり、永子は清の暴力が清彦に及ばぬよう、清が飲むたびに清彦へ隠れるよう促した。

清の暴力により永子が息絶えると、清は屋敷に火を放ちそのまま帰らぬ人となった。

幸い、清彦は火事の被害から免れたが、永子の息絶える現場を目撃したことにより、心に深い傷を負った。


祖父に引き取られ何不自由なく生活出来たが、あの事件以降全てに恐怖を覚える少年となり、いつからか引きこもるようになった。

清彦は友人はおろか、世間を知らずに育った。


数年前に祖父が老衰すると、遺言の通りに屋敷と財産は全て清彦の手に渡った。

親族は遺言に対し、弁護士を通じて意義申し立てを行った。

しかし、異議を唱えた親族らは後日行方不明となった。


さとし叔父さんも、俊夫としお叔父さんも姿が酷すぎて本当に使えなかったなぁ。敏郎としろう叔父さんに至っては、太りすぎて材料の候補にもならないし。唯一、正子まさこ叔母さんの歯だけは良かった」

居間に飾られた剥製を見ながら清彦は呟く。

晴天でも薄暗い屋敷内は、外の暑さをあまり感じさせることなく、どこかじっとりした雰囲気を持つ。


蝋燭ろうそくの明かりに照らされた剥製は、鹿のような動物に見えるが、口元にはヒトの歯が埋め込まれている。人間のような瞳が、清彦を見つめている。

その動物と目が合うと、清彦は微笑んだ。



清彦の趣味は裁縫だった。

幼い頃から母親の側を離れなかった清彦は、母の趣味である裁縫を見て育った。

裁縫をする時は、針が危ないからと触るのを禁止されていた。

清彦は、母が作る姿をずっと眺めいていた。

そして現在、その美しい光景を鮮明に思い出すため、皮膚や髪、歯を組み合わせて『お母さん』の制作に没頭している。

「お母さん、次は『目』だね」



チリンと遠くから音がすると、清彦は店へ向かった。

「いらっしゃいませ」

入ってきたのは、容姿端麗なカップルらしき2人組だった。

身元がばれない様に黒縁眼鏡で変装をしている男性が、ニュース番組で司会を務める人物だと佐藤は瞬時に理解した。


この店には、よくお忍びで色んな人が来店する。

一般人はもちろん、バイヤーや富裕層まで、さまざまな人が訪れる。

影を帯びた自身の作品が、一定の評価を得ている自負があった。

しかし佐藤は評価される喜びよりも、作り出す喜びの方が自身の中で圧倒的に強かった。

時間をかけてゆっくりと、満足いく作品を作り出す。それが佐藤の美学である。


「これ、色使いが綺麗」

髪ブローチを手にした女性の目に、佐藤は目を凝らした。

優しそうな大きな目。

ただ、彼女の持つ雰囲気から、芯の強そうな印象を感じ取った。

目だけみれば、母親に被さるところがある。

あぁ、今すぐ欲しい・・。



5日前、森林公園で見かけた女性の腕に目が引き付けられた。

綺麗な腕だ。作品の腕にしなければ。

一人奥へと散策を進める女性の後を追い、眠らせて、車に詰め込んだ。

白い陶器の様な肌は、正にお母さんの腕だった。

丁寧に両腕を切り離した4日前の作業工程を思い出す。

佐藤は、綺麗な腕を施したあの作品に、一刻も早く目玉を与えたい欲求にかられた。



「っと、会社から電話だから、少し出る」

男は女にそう伝えると、スマホを耳に当てながら静かな店内を退店した。

女は、物思いにふける様子で、髪ブローチを見つめている。

その姿さえも美しい絵になることを確信できた佐藤は、目以外の部分も用途がありそうだと考えながら背中に鉈(なた)を隠し持ち、女にゆっくりと歩み寄った。





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