6-8


「えー、先日の件を労いまして、乾杯といきましょう、かんぱーい!」


マイクいらずな声音でケイが雑な音頭をとると、皆がグラスを高く持ち上げた。


江原が知人から貸し切ったビルの屋上にあるバーで行われた慰労会には、今回のアルシオ護衛任務に携わっていない猪山いのやま麗奈れいな首藤しゅとう野希羽のきは上原うえはら陽臣はるおみも招待された。


『みんなにお礼がしたいから、来週の金曜日夕方、空けといてね。あ、気構えなくていいから。軽い感じで楽しみにしといて』

明人や灯凜は、高級焼肉店にでも連れて行ってくれるのだろうと想定していたが、江原のお礼は聖沢チームの予想の斜め上を行くパリピな会場で行われた。


あの事件の2日後にアルシオは日本を出国し、現在は母国周辺に滞在しているという。

連絡を取る際は、これまでよりも慎重を期した方がいいとの山本の提案から、VPMにさらに強力なセキュリティを施した手段で江原は現在アルシオと連絡を取り合っている。


アルシオは今後、影武者としてリユガヌ共和国政権から市民を解放する運動を展開させるということだ。


江原はアルシオのコーヒー開発に興味があり彼に近づいた。

しかし、アルシオはコーヒー農園どころではなくなったため、アルシオの留守を頼まれた代理主にコーヒーの種子を送るよう依頼をしているところだ。


「助けてあげたお礼に、アルシオからコーヒー開発法を伝授してもらったんだー。これから送られてくるコーヒーの種子を見て、ウチでも栽培できるか試してみるつもりなんだよね」

シェフが様々な地域のお取り寄せブランド牛を焼いている姿を背景に、江原はグレープフルーツがグラスに刺さったソルティドッグを飲みながら上機嫌に話す。

なんとも可愛らしい。


目の前のレインボーに輝くインフィニティプールの演出は果たして今回の慰労会に必要なものなのか、経費はいくらなのかを想像している明人のそばに、マイロがやって来た。


「もう頭痛は平気なのか?」

台風は関東から過ぎ去って何日も経つが、明人は今日の昼過ぎも頭痛に悩まされていた。

「はい。今は全く問題ないです」

「病院で診てもらった方がいいんじゃないか?」

「以前にも診てもらいましたが、特に異常はなかったので」

定期的に通っている事実は伏せた。


レインボーに輝くインフィニティプールを背景にして、どこかの照明がマイロの手にする焼酎グラスを紫と青に染める。

上半身裸でプールに飛び込む弁慶の姿は見なかった事にした。


業務中の聖沢班長は相変わらず自身にとって怖い存在だが、業務外になると言葉のキャッチボールくらいは出来るようになった。

ただ、何か言いたげな目で黙ってこちらを見てくるところは、業務外でも未だに苦手だ。

そして、今まさにそのような雰囲気を醸している。


「なぜ、指名手配が出された直後に、あの提案が浮かんだんだ?」

ドキリとした。

やはり聞かれたくない質問をしてきた。


これまで頭に浮かぶ図は全て不吉な事柄を意味する出来事ばかりだったが、今回の件で頭に映し出された図は、直感でアルシオを助けるための手段だと分かった。

なぜそんな直感が働いたのかも含めて、眩暈や頭痛の度に、頭に浮かんで来る映像をどのように説明すべきか分からず、明人は言葉を詰まらせた。


明人は分かっていた。

自分がこの人に苦手意識があるのは、冷徹人間だからではない。冷徹だけならそれ相応の対応をするまでで、特段に苦手とは思わないだろう。

聖沢班長は、心の奥底にしまっておきたい、自身の得た情報の根源を引き出そうとする。

心の底からそれを無理やり引き出そうとするから、彼と話したくないのだ。


「・・・分かりません」

誤魔化しなんて、とうの昔に通用しないと分かっている相手に、下手な言い訳をしないと腹をくくった結果、口から出た言葉がこれだった。

「分からない」で全てを押し通すのが身を守る術だと判断した。


明人は、全てを見透かすような目でこちらを見るマイロを直視できないでいた。

この状況に耐えきれず、明人は自身の右手に持つ赤ワインのグラスを一気に飲み干し、沈黙を突破しようとした。

すると、江原がカシスオレンジの入ったグラスを片手に側へ寄ってきた。相変わらず可愛い。


「なになに?明人またマイロにいじめられてるの?」

フワフワした様子の江原は、どうやら先ほどのソルティドッグで酔いが回ったようだ。


「お前下戸だろ。これで飲むの終わりにしろ。そうじゃないとまた近々週刊誌に載るぞ」

心配するような言葉がマイロの口から発せられるが、相変わらず声に抑揚はない。

「えーたまにはいいじゃん。これから3人で、そのままマイロの家で飲み直そうか」


足がふらつく江原からカシスオレンジを取り上げようとしたマイロだが、明人が先にそれを奪うと、江原のカシスオレンジを一気飲みした。

ヘラヘラする江原をよそにマイロは呆然とした。


明人は全てを飲み切ると一息つき、ニコっと笑いながら喋り始めた。


「そうやって詮索ばかりしてるから、誰もアンタに寄り付かないんでしょ。その職業病、業務外に持ち越すのいいかげんやめたら?」


まるで江原の笑顔がうつったかのように、明人はマイロに向けてヘラヘラしながら話した。


マイロは不意を突かれたかのような表情で目を見開き、いつの間にかマイロに介抱されていた江原はマイロの手をすり抜けて地面へ倒れると、小さくいびきをかき始めた。


―――

6話終了

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