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台風は想定以上の勢いで、東京を豪雨で覆った。

演説を実施する場所は、台風という気候はもちろん外観が悟られず防音施工された都内のとある一室を貸し切って行う。


アルシオ一行が目的地に着くと、すでに蘇野原や内部関係者の姿があった。

入室すると、最終打ち合わせが始まった。

演説まであと1時間のところで、アルシオの公式アカウントから演説中継を実施するコメントを発信した。

みるみるうちにlikeボタンが押され、演説についてのネットニュースが流れ始めた。

マイロの友人である山本には、発信先を特定されないよう施しを依頼している。


入念な準備のおかげで、今はただ静かに演説開始を待つだけの時間が流れている。


アルシオは目を閉じて、その時を待った。



「皆さんこんにちは。今回は、皆さんに伝えなければならない事があります――」



演説開始から数分後、明人は片頭痛を覚え始めた。

台風による気圧の変化の影響に備えて30分前に頭痛薬を飲んだが、まだ効果が見られずだるい思いをしていた。



アルシオは、ティハの殺害がカミスバ国でなく、リユガヌ共和国の上層部が関わっていることを暴露した。


「証拠ならある。ティハがいざという時のために仕込んでおいたカメラに、自身が殺害される場面が映し出されている。フェイクだと思うかもしれないが、殺害の当事者なら、ティハの自宅の隠し扉と言えば分かるだろう。カメラに映る殺人犯に心当たりはないが、上層部に委託された連中だと分かるまでにそう時間はかからないだろう。この映像の重要さが世界に知れ渡る時、神はヨノフィら上層部に鉄槌を下すだろう。リユガヌ共和国はもう一度、生まれ変わる必要に迫られている」


この動画演説は、世界各国の民放等でも急遽中継された。



「明人、班長が呼んでいる」

ケイと灯凜と明人は、マイロと江原、蘇野原の待機する部屋へ入った。



「一昨日の駅構内の騒動が、動画サイトにアップされている」

「え?」

再生された映像に、駅構内から足早に出てきたマイロとケイ、拘束されたジェンルが映る。


「一般人が興味本位で撮った映像だと思われるが、視聴回数が1万再生を突破した。リユガヌ共和国ないし世界中の人々がすでに閲覧していると思っていい」

「くそっ」

ケイが握りこぶしで机を小さく叩いた。


「もし演説が日本で行われたことを世界中に知られたとしても、日本政府が関わっていないことを貫き通せばいい。ただ、フェテゴ氏が日本に滞在している噂はいずれ広まるだろうから、フェテゴ氏を無傷で出国させる任務が今から追加される」

蘇野原の言葉に、全員の表情は一層引き締まった。




アルシオの演説は、滞りなく終わりを迎えた。

一昨日以降、気を許さぬ状態が続いたため、演説が終わるまでピリピリした雰囲気が続いていた。

帰国を見届けるまで油断は出来ないが、ひとまず演説をクリアし、アルシオに笑みがこぼれたため、労いをこめた和やかさが現場に生まれた。

「みなさんのおかげで何とか私の気持ちを世界に発信することが出来ました。ありがとう」


拍手が沸き起こる中、明人は驚く光景を見た。


江原の表情がぎこちない。

明らかに作り笑いを浮かべている。


彼の得体の知れなさと相まって、その顔がやけに恐ろしく感じた。


賑わいを見せる中、江原は部屋を後にした。

すると、それに続くようにマイロ、ケイ、灯凜まで江原の後を追った。




「落ち着いて聴いて欲しい。先程アルシオが指名手配犯になった」

江原の言葉に、一同固まった。


「リユガヌ共和国からの速報として、情報が入った。動画配信への報復だろう」

「おい、これは・・・いったいどうすべきなんだ?」

ケイの表情に普段の余裕はなく、江原、マイロに至っても答えを出せずにいる。

隣の部屋で喚起に沸くアルシオたちは、まだこの事実を知らない。


素人の興味本位で撮った動画が全世界に拡散され、アルシオが日本に滞在していることを日本政府が知らないという苦しい言い訳は、もはや出来ない。


そして、アルシオの指名手配・捜索願いはやがて外務省を通じて来るだろう。

そうなれば、日本は全力で捜査に協力をしなければならない。

外交問題に発展しかねないこの状況を、政府に拒否する選択権はない。


しばらく続いた沈黙を破ったのは明人だった。

「一刻の猶予もない事態なのは重々承知ですが、一つ提案してもいいですか」




――――――


リユガヌ共和国は日本と同じ左走行だ。

そのため、日本での運転に殆ど抵抗はなかった。

アルシオの運転する白いバンが銀座通りを抜けたところで山本からワンコール着信が入り、アルシオはそのタイミングでバンを路肩に停車させ、車のナビへ無線で伝えられた住所を目的地に設定した。


先程の演説の達成感とは打って変わり、今はカーナビと無線から聞こえる声に、アルシオは自分の人生を賭けていた。

車内には、アルシオを落ち着かせるかのようにドビュッシーの「月の光」が流れる。

アルシオの置かれた現状と併せると、車内はまるで不協和音のようだった。


高速へ入り、アルシオは無線の声に言われるがまま運転を続ける。

「亡き王女のためのパヴァーヌ」が車内に流れると、走馬灯のようにティハとの思い出が蘇った。

アルシオは熱くなる目頭を必死にこらえ、無線から聞こえる声に耳を傾けた。




蘇野原を乗せた捜査車両は、白いバンが停車する近くに車を停車させ、暴風の中を慎重に歩いた。

海へ向って歩くと蘇野原のぼやけた視界に、絶壁のすぐ側に立つアルシオの姿が見えた。


蘇野原は先頭をきってアルシオへ歩みを寄せると、さらに激しい豪雨と強風に煽られた。

これ以上海側へ近づくのは危険だと、仲間へ進入を禁ずる手振りをみせた。


アルシオは両手を胸の前でクロスさせ、背中から静かに海へ身を投じた。


蘇野原たちは、ただそれを見届けるしかなかった。

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