6-5
大型で強い台風は東京へ接近し、明日暴風警報が発出される予報が報道された。
アルシオの滞在するホテルの30階にあるビュッフェ形式のレストランは、台風の接近と朝の9時台という事もありだいぶ空いていた。
「おはよー。いやー昨日はとんだ災難だったねーアルシオ。日本の優秀な護衛をつけて良かったでしょ?ね?」
――昨晩の事件直後、マイロから江原に連絡が入った。
立て続けに起こった騒動のせいで、興奮状態にあるアルシオがドミニクたちの側で休むことを江原は想定していたが、ここは一応義理堅く行こうと思い『落ち着かないようであれば僕の部屋で泊まっていいよ』とメッセージを送信した。
そしてメッセージ送信後直ぐに、江原は生業(しごと)のオンラインミーティングに向けて準備をし始めた。
「マイロたちが側にいるから大丈夫っしょ」
ミーティング用のホットコーヒーをカップに注ぎながら江原はひとり呟いた。――
「日本の優秀な護衛」という言葉は、母国の護衛を愚弄しているかのように捉えられかねないが、アルシオは江原という人物を熟知しているため、その言葉に嫌味はなく『利害関係がほとんどない国の用心棒なら、裏切りもなく安心』という意味であることを理解していた。
それに、今回自身にナイフを突きつけたのは元身内であることは確かだ。
アルシオは深く頷き、江原に感謝した。
「来日の話を持ちかけた時、瑶介はすぐさま優秀な護衛をつけると私に提案してくれた。私は瑶介に負担をかけたくない一心から断ったが、瑶介はそれに対し『結果的にそれが一番迷惑をかける事にならない』と言った。瑶介の提案を受け入れていなければ、私はもうこの世にはなく、日本を巻き込んだ大惨事となっていただろう。瑶介には感謝してもしきれないよ」
江原は、色付き眼鏡の奥で、ニッコリとしてみせた。
「お、きたきた」
江原がまっすぐに左手を挙げて手を振ると、マイロは頷きレストランへ入ってきた。
マイロは昨日と同じ背広だった。
「もしかして、現場からそのまま来たの?」
マイロは深く腰掛け、足を組むと頷いてみせた。
「事情聴取終えて、そのままここに来た」
自身の爪を見ながらそう話す姿は、取り調べ方法を窺わせた。
おそらく、爪を剥がす拷問スタイルで事情聴取を行ったのだろう。
それ以外のやり方も併せて事情聴取を実施したかもしれないが、詮索しない事が暗黙のルールだ。
それに、取り調べを終えた後のせいか、マイロからほんの僅かだが、殺気が滲み出ている。
リノクが死亡したかどうかについては後に分かる事であろうし、今知る必要も特段にない。
――駅構内にて明人を襲った眩暈は、脳裏に護衛のリノクを映し出した。
そのリノクに目をやるとほんの一瞬だったが、一行の穏やかな空気から逸脱するような、殺気を帯びた雰囲気を醸し出していた。
ただならぬ予感に明人の表情が強張ると、それを察したマイロは頷いてみせた――
明人に駅構内での事を尋ねた結果、アルシオをリノクの手から守ることが出来た。
「リノクはロジワイナの送ったスパイだな。アルシオ氏の行動は、リノクを通じて全てロジワイナにお見通しで、駅構内の件はリノク命令のもと、駅構内で待機していた仲間だ」
目を閉じながら説明するマイロの目元のクマから、疲労の蓄積が窺える。
「そうか・・」
ロジワイナとは6年以上の付き合いで、頭脳明晰な彼から助言をもらう事は多かった。
信頼も厚かったが、ロジワイナはティハとは馬が合わず、そこだけが唯一気に掛かっていた点だった。
「駅で待機していた仲間の名前はジェンルだ。こいつも併せて聴取してきた」
江原はクロワッサンを口に入れた。
「ジェンルは・・・ヨノフィ大統領の極秘任務を行う部下だ」
「ん?待てよ?ジェンルがヨノフィ大統領の部下で、そのジェンルはリノクの仲間ってことは・・」
ケイが顔を傾ける。
「リノクはヨノフィ大統領の極秘の護衛人だ」
マイロが即答すると、辺りに沈黙が流れた。
アルシオは、頭をゆっくり下げるとおでこを指で支えた。
アルシオはこれまで、“リユガヌ共和国“を成立させるため、カミスバ国の副大統領だったヨノフィをリユガヌ共和国のトップの座につけ、ティハと共にヨノフィ政権を守ってきた。
「ロジワイナ、リノク、ジェンルはヨノフィの命令で動いてたのか・・」
「アルシオ。本当はこの事に薄々気付いてたんじゃないか?」
クロワッサンを食べ終えた江原は、まっすぐにアルシオを見た。
アルシオはそれを否定せず、言葉を発した。
「駅の事件で、ジェンルが襲って来たときは驚いた。初めはジェンルがカミスバ国に寝返ったのかと思った。安易に憶測を話すわけにもいかないので皆には黙っていた。すまない」
「明日の演説は、いったん見送りますか?」
一同の疑問を、灯凜が投げかけてくれた。
数秒の沈黙の後、アルシオは答えた。
「影響は少なからずあるが、予定通り行う」
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