6-4


今日の東京は、日中曇り空だった。

定時で退勤した明人たちは、2駅ほど先にある目的地のラーメン屋まで歩いて向かった。途中の公園で江原、アルシオらと合流した。


弁慶ケイやマイロ、アルシオと母国の護衛人に加え、江原と目立つメンツばかりだが、近年は多くの外国人観光客が行き来するため、気持ち程度は存在感が中和されているだろうと、明人・灯凜は自身に強く言い聞かせた。

そして口に出しては言えないが、そこそこに身バレ防止を施しているアルシオと江原に対し、国際問題に発展しないよう、念のためマスクを着けて欲しいと心の中で願っていた。


今日は、どうしてもラーメンが食べたいと言うアルシオの願いを叶えるため、大人数でラーメン屋に行くことになった。

今向かっている先は、ケイの知り合いが経営するラーメン屋だったため、大人数で特別に予約がとれた経緯がある。

それに、ケイ曰く『日本で一番うまいラーメン屋』だ。



あれだけ心配していた明人と灯凜だが、そんなのどこ吹く風で2人とも替え玉を追加注文していた。

弁慶は言わずもがな替え玉7個と汁に投入用の白米、その他のメンツも替え玉の券を購入した。


満腹で店を後にし、アルシオたちの滞在するホテルへ向かう途中、またもやアルシオに懇願されてゲームセンターに入り、クレーンゲームで30分ほど遊んで、有名な黄色いネズミのモンスターのぬいぐるみを江原が3つ獲った。



南口から北口へ通り抜けるために駅通路へ入ると、それと同時に小雨が降り始めた。


「ちょうど良いタイミングで雨になりましたね。駅抜けたらホテルはすぐ目の前だし」

「台風接近で晴天に恵まれなかったのは残念だけど。明後日の演説に向けて、明日はゆっくり休んでください」

「ありがとう。今は君たちのおかげで穏やかな気分だよ」

ぬいぐるみを左腕に抱えるアルシオは駅構内の騒音に負けないように、ワントーン大きな声で話した。


アルシオの笑顔につられて微笑むと、急に頭痛と眩暈が明人を襲った。

台風が接近しているせいだと認識し、一行から少し遅れて歩き始めた。


後ろから一行を見渡すと、また眩暈がした。

そうだ、この感じは。


明人は深呼吸と同時にゆっくりと目を開けた。


だんだんと一行が遠のく姿が明人の目に映り、マイロが足を止めてこちらを見ている。


そして明人の目に、アルシオに早歩きで近づく男の姿が見えた。

「危ない!」


明人が声をあげると、アルシオは声の方向に振り返った。

アルシオの目の前に、鋭利なナイフを向けた男が立っていた。心臓まで数十センチのところでナイフは止まり、男はマイロに捕らえられた。

外国語で何かを発する男は、マイロの締め付けで叫び声をあげた。


周囲の野次馬が増える前に、マイロは駅の目の前にある交番へ締め上げた男と共に足早に向かった。

ナイフを押収したケイはそれを灯凜に預けると、マイロと男を挟むようにして歩いた。


マイロは、呼吸を整えようとする明人の方へ顔を向けると、頷いてみせた。




――――――


「では、明日の朝8時に連絡します。今日は何も考えず、横になった方がいいでしょう」

「あぁ、そうするよ」

護衛のドミニクは母国にいるアルシオの幹部へ駅構内での出来事を報告した事を伝えた。


少しの間の後、ドミニクは憂いの目をアルシオに向けて自身の部屋へ戻って行った。


普段は氷のように冷徹なドミニクだが、こうやって一対一の対話だと心配する一面をみせてくれる。

もう一人の護衛モディも、交番から出てホテルに到着するまでの間は、いつも以上に気が張って自身の側から離れずにいたのを思い出した。


日本に行くと決めた時、ドミニクとモディを同行させるのはアルシオの中の必須条件だった。

副隊長のロジワイナが、戦術に長けたリノクを同行に推してきた時は少し躊躇したが、ロジワイナに『どんな国だって100%の安全はない』と念を押された結果、3人の護衛と共に来日する運びとなった。


「アルシオさん、私です」

「あぁ、リノクか」

ベッドから体を起こし、ドアへ向かおうとしたが、アルシオは少し考えた。

(ドミニクたちも呼ぶか・・・)

そう思い、ベッド横に設置された電話の受話器をとると、いつの間にかリノクがベッド側に立っていた。

「どなたへ連絡する気ですか」

アルシオの心臓が高鳴った。

駅構内の出来事を彷彿させるナイフが、また目の前にある。

アルシオは、ティハとの思い出を回想しながら目を閉じ、死を覚悟した。




数秒後、痛覚はまだ訪れず、代わりにリノクの奇声が耳に入った。

目を開けると、そこにはマイロ・ケイ・蘇野原に取り押さえられ、床に伏して拘束されたリノクの姿があった。

「・・・」

「アルシオさん、話は後で。ひとまずコイツを連行します」

蘇野原とマイロ、拘束されたリノクは蘇野原の命令でホテル前にて待機をしているバンを目指し出て行った。


窓を叩く強風がアルシオを煽るようにこだました。


「アルシオさん、今明人がドミニクさんたちに急いでここへ向かうよう電話をかけています。もう安心ですよ」

ベッド脇の電話を操作する明人に向ってケイが指をさしてみせた。


灯凜は震えが止まらないアルシオに寄り添うと、アルシオの手にそっと自身の手を添えた。


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