6-1


マイロは習志野の駐屯地内にある体育館の2階で汗を流していた。


今の時間帯だと隊員の利用者はほとんど皆無で、ここが貸し切り状態になる事をマイロは知っている。


ここのトレーニングマシンは、昭和を感じさせる程に年季が入っている。

持ち上げたバーベルを床に下すと、体育館中に音が響き渡り、床が軋んだ。

染み込んだ汗のにおいとトレーニングマシンの傷み具合が、幾多の隊員を育て上げてきたか想像をかきたたせる。


「聖沢先輩、夕飯食べて行きますか?」

2階に上がってきた20代前半の基地職員が食堂の方を指した。

「いや、いい」

「了解っす」

職員が一礼して階段を下りると同時に、マイロのスマホが鳴った。


“今どこ?“


画面の表示を見て、マイロは帰り支度を始めた。




――――――


3回目のアラームで、灯凜はようやく体を起こした。

朝のニュース番組が始まると、亜里沙ありさの優しい笑顔が映った。

テレビ局に入社した当初は主に現場中継を担当していたが、半年待たずついに番組の司会進行者に抜擢されたのだ。

ただし、朝の5時台から6時30分までの司会進行なので、初お披露目を見逃すまいと慣れない時間に起きた。


(いやぁ、やっぱり可愛いなぁ。ワンピも似合ってるじゃん)

亜里沙が現在着用しているワンピースは、スタイリストへ懇願したワンピースであることを思い出した。


「続いては、こちらです」

鮮やかな笑顔が一変して、シリアスなニュースを告げる顔になった。

最近内戦が続いているリユガヌ共和国とカスミバ国の話題だ。


一週間前に、リユガヌ共和国の一人が何者かによって殺害された。

初めは聞きなれない横文字を噛んでしまわないかとヒヤヒヤしながら亜里沙を観ていたが、事件の凄惨さが伝えられると、灯凜のコーヒーを飲む手が止まった。




――――――


官房長官の岡山県訪問が来週にせまり、その同行の調整会議を10時に予定していた。

しかし、後藤局長ら上の役職の緊急会議が入り調整会議は延期となったため、明人たちは通常業務をこなしていた。


昨日は、大学からの友人で同期でもある雄二から突然飲みに誘われ、終電ギリギリまで雄二の愚痴に付き合わされた。そのせいで、明人は何度もあくびをしていた。


「朝からお疲れだな、明人」

ケイが探りを入れるように声をかけてきた。

「昨日、終電ギリギリまで同期の愚痴に付き合っていたんだよ」

「なーんだ、野郎かよ。お前、良い人いないのか?」

首を横に振ると、ケイはとめどなく質問をしてきたが、眠すぎたので適当に相槌を打った。


スローでまぶたを押し上げると、ケイの後ろに漆黒の艶髪を纏う男が立っていた。

2人して悲鳴を押し殺し、その流し目を見た。


「お前たち、暇だよな?」

後藤局長以上の謎の怖さを感じとると、2人は瞬時に謝り、仕事に戻ろうとした。

「待て話を聞け。今日の帰り、俺に少し付き合え」

思いがけない言葉に、ケイと明人は顔を見合わせた。

「おい灯凜」

灯凜はなぜか机に臥せるような姿勢をとっていた。

おそらく反射的にとった“隠れ身の術”だろう。

「き、今日は・・・デートがありまして・・・」


男たちに一蹴され、明人・ケイ・灯凜はマイロハラスメントに巻き込まれる事となった。




―――――――


永田町の喧騒から少し離れた雑居ビル一階の昭和感漂う喫茶店で、明人たちは彼の紹介を受けた。


「友人の江原えはら瑶介ようすけだ」


マイロが江原の隣に座って紹介する様子に、3人は突っ込まずにはいられなかった。

「も、もちろん知っていますとも、よくテレビで拝見します・・」

明人は苦笑を浮かべてみせた。


――日本を代表する大手企業“Zein(ゼイン)”を立ち上げた江原えはら瑶介ようすけ28歳。


2年前に代表取締役を退き、現在は海外で起業家となり、これまた素晴らしい功績を収めている。


「あぁそう。じゃあ自己紹介は端折っていいよね」

江原は笑顔で話した。


合理主義で淡泊。頭脳明晰で顔もいいと来たら、メディアが黙っているわけない。

女性関係の面では、あまり浮いた話題はない。

利益を望めない人と付き合わないのは、その性格が物語っている。

上矢議員とはまた違った意味で距離を置きたいタイプの人物だと灯凜は思っていた。


「マイロと僕は、大学が同じでその頃からの仲なんだよ。ほら、お互い友達少ないし、似た者同士だし」

江原がそう言うと、3人は納得した顔で頷いた。


「おい班長、江原さんをオレたちに紹介してどうするんだ?」

弁慶が腕組をして問う。

マイロを遮るように左手を少し挙げると、江原は答えた。


「君らに用心棒を頼みたいと思ってる」

「江原さん、政治家のパーティーにでも出席するんですか?」

「いや、僕じゃなくて僕の友人の用心棒なんだ」

「友人?」


班長の友人の友人の用心棒とか、もうすでにややこしい話だし、そもそも用心棒なんてそんな大それた事出来るわけない・・・。

3人はひたすら上司のハラスメントに耐えている。業務時間外でさえも。


江原のスマホが振動し、江原はそれを確認した。

「もう来たみたい」

ガラス張りの向こう側から、こちらに向って手を振る人が見える。

190センチ程あるその人物は店内に入ると、明人たちのテーブルへ向かって歩いた。


灯凜は、テレビに映る亜里沙の綺麗めワンピースを思い出した。


ワンピースと相反するかのように、リユガヌ共和国の最前線で戦うティハ・ヂュエルの殺害について詳細が報道された。

そのティハと共にリユガヌ共和国を先導していたのが――


今、目の前にいるアルシオ・フェテゴだ。

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