6-2
リユガヌ共和国は、1年前にカミスバ国から独立した。
正確には、63年前に合併した両国が、元の形に戻った事となる。
63年前の合併当初、宗教や人種の問題で内戦が続いていたが、数年後に2代目大統領・ミカヘルに政権が移ると内戦は冷戦へと切り替わり、その後約58年間、リユガヌ共和国の治安と政権は安定していた。
しかし、数年前に数名のカミスバ人が殺害されると犯人の容疑がリユガヌ人にかかり、これが発端となり再び内戦が勃発した。
リユガヌ共和国独立運動の指導者アルシオ・フェテゴは、カスミバ国からの独立直後、カスミバ国の副大統領だったヨノフィを、リユガヌ共和国の大統領に推し進める形で新政権を先導した。
そしてついに、ヨノフィを大統領としたリユガヌ共和国が誕生すると、カミスバ国の大統領、イリャンは、リユガヌ共和国に宣戦布告を行った。
先進国からリユガヌ共和国とカスミバ国へ輸入停止を示唆されたことで、両国間は戦闘を何とか回避できた。
しかし現在も一部地域で断片的な争いが勃発しており、カミスバ国を批判していたティハ・ヂュエルの殺害が、両国間のこれまでの争いと関連するものなのか、真相が分からないままだった。
しかし、この場にアルシオ・フェテゴが存在することで、事態をおおよそ理解する事になった。
「なぜここに時の人がいるか問いはしないが・・・。俺たちに用心棒なんて到底無理っすよ」
ケイは、江原・アルシオ、そしてマイロに目で訴えた。
「まぁ用心棒は言い過ぎかな。側にいるだけで良い。今週の金曜日、アルシオが動画配信用の演説をする事で話が決まった」
「これは政府公認の演説だ」
ようやくマイロが口を開く。
この一言で、3人はやっと全体が見えてきた。
これは公務だ。要人に同行する公務。通常業務だ。
「みなさんへあまり詳細を伝える事は出来ませんが、すでにご存じの通り、私の右腕だったティハは、何者かによって殺害されました。私には彼女の死を悲しむ時間もありません。この現状を世界に伝える必要があります。来日が数日遅ければ、おそらく私もいま彼女のもとにいたかと思います。どうか、私のこの現状を理解してください。私は、リユガヌ共和国を守る術を今打たなければなりません」
アルシオは、訛りのある英語で静かに話した。
――――――
明人はソファに腰掛け、ぼんやりとテレビを観ていた。
今日あった出来事があまりにも濃すぎて、テレビの内容が頭に入らない。
(入庁してから色んなことがありすぎて、やりたいことが全然出来ていない・・)
大学時代の前半は仲間と登山をして楽しんだ。それから旅行をして、短期間のバイトもした。
社会人になって、学生時代の友人に会うことはめっきり減った。
雄二の業務に比べたら(今のところ)業務量は軽い方だが、入庁後に出会った人物や業務内容の一つ一つが貴重すぎて、正直自分には不相応なのではと感じていた。
業務をこなしてはいるが、見合った成果を遂げている自信がない。
(こんなものまで貰って・・・)
江原が帰り際にくれた携帯食を手にすると、袋を開けて食べてみる。
(うまいな、これ)
宇宙開発に関わる知り合いから貰った試作品のクランチを紙袋いっぱいに持って来た江原は、その場にいる全員にそれを配った。
「演説後にちゃんとご馳走するから、みんなよろしくね」
江原はニコニコしながら手を振っていた。
明人はピスタチオ味とチョコ味のクランチを合計20本もらった。
ピスタチオは明人の好物だ。
(うん、うまい)
ピスタチオ味のクランチを1本平らげ、就寝の準備をした。
――――――
「昨日の上層部会議で、現在極秘来日しているリユガヌ共和国のアルシオ・フェテゴ氏に対する同行命令が出た」
後藤局長が聖沢のチームに告げる。
全員無言で頷く。
誰一人驚いた様子がなかったため、後藤が首を傾げた。
「なんだ、知ってたのか?」
「昨日の夕方に、江原瑶介さんに呼び出されました。その場にアルシオさんも同席して、彼から事情を聴きました」灯凜が答えた。
「あぁ?全然極秘じゃないな。江原氏とフェテゴ氏はそんなんで大丈夫なのか?」
それはこっちが聞きたい。
「現在はこの辺りのホテルで滞在しています」
「そうか。で、今回の件だが、お前たちに白羽の矢が立った理由はもう分かるよな?フェテゴ氏の友人である起業家の江原氏が昨日の緊急会議に招かれ、江原氏がお前たちを指名してきた。今回の件は、表面上政府の援護はなしだ。リユガヌ共和国の肩を持つことで世界各国からの避難を浴びるのを避けるためだ。今回は、内部関係者等からこの件に関して問われた際の対応に備えておけ」
「承知しました」
頷くと、後藤は退室した。
じゃあなぜ、リユガヌ共和国の肩を日本が持つのか?誰も後藤に問わないが、大体の察しはついていた。
カミスバ国への武器の大量輸出など、カミスバ国と密な関係にある某国の特需を、日本は阻止したい。
カミスバ国と某国の今後の動向を見据えて、上は今回の決断に至った。
カミスバ国を制圧することで某国への富の流出を妨げたいが、リスクは持ちたくない。
そのため、日本は一切関与していないところを世界に示す必要がある。
万が一アルシオが日本で殺害され、日本が今回の件に関与していたとなると、事態は当然大きくなる。
そうなると必然的に、使い勝手のいい駒を利用するのが世の常だ。
「班長、友人くらいは普通の人を持ってくれよ」
「私もそれ言いたかったです」
ケイと灯凜に睨まれたマイロは、2人を一瞥するとその場を去った。
――――――
「フェテゴ氏はどのホテルに滞在しているんだ?もちろん護衛付きだよな?」
公安一課に所属する
「目の前のラトビノホテルに宿泊していて、アルシオが連れてきた自衛隊出身の3人が私服で護衛に付いている。さっき4人で大浴場を堪能したらしく、明日の朝も入るとアルシオから連絡が来た」
「フェテゴ氏・・・めっちゃ日本を満喫しているじゃないか・・・危機感なさそうだが本当に大丈夫か?」
江原は質問に答えず、パックに入ったイチゴを口に入れた。
蘇野原は大きくため息をついてみせると、パックに入ったイチゴを横取りした。
「動画配信の当日は日本政府側の内部関係者、それからアルシオのとこの護衛3人が任務にあたる。僕と幸助、マイロの3人は、内部関係者らの指揮をとる。後藤さんは事務局で待機して、僕たちからの連絡を上層部へ伝える役を担う事になったのはもう知ってる?」
「おおかたの任務は知っていたが・・・今回の件、マイロも入っているのか」
「政府との会議で、僕が指名したからね」
「なるほど、お前が元凶か」
蘇野原も、江原とマイロの大学時代からの付き合いだ。
3人が在学中、逆恨みで教授の刺殺を目論んだ男2人組が講義室に侵入してきた際に、講義を受けていたマイロ・江原・蘇野原の3人で男たちを取り押さえて以降、連絡を取り合う仲になった。
特に江原は単独で行動するより2人以上が得策だと考える事案があると、真っ先に2人を頼った。
突然の依頼にも都合が悪くない限り応えた2人だったため、今もこうして頼りにされている。
蘇野原は現在、とある事件の対応に追われているところだが、急遽アルシオの件の担当となった。
「ま、どーせ俺がこの件に付く事になったのも、お前の根回しがあっての事だろうな」
蘇野原はネクタイを緩め江原に目をやると、江原は素知らぬ顔でパックのイチゴに手を伸ばしていた。
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