5-3


灯凜はコインロッカーに購入したグッズを預けると、出店でホットドッグとフライドポテト、お茶を購入して会場の席に向かった。


2人に食べ物と飲み物を渡すと、3人でセットリストを再確認し、R-mindメンバーのSNSをチェックして開演に備えた。

開演まで20分を切ったところで、場内アナウンスが流れた。


『本日は、R-mindのコンサートへ足をお運び頂きありがとうございます。ご来場の皆様へ、大切なお知らせがあります』


賑やかだった会場がアナウンスに耳を傾けた。


『R-mindのメンバー・イ・スホが本日体調不良のため、出演を見送らせていただく事となりました。心待ちにされていた皆様には大変申し訳ありませんが、ご理解の程お願いします。なお、イ・スホの出演キャンセルに伴い、開演時間を30分程延長いたします』


灯凜の心臓が大きく鳴り響くと同時に、会場は悲痛と落胆の声で溢れ返った。




――――――


テーマパークのキャラクターであるクマのアトラクションの場所に到着すると、ソフィアの顔は今日一番の明るい表情をみせた。

麗奈は思わずソフィアを二度見した。


「何だかとても嬉しそうだねソフィア。このクマが好きなの?」

ソフィアが天使の様な笑顔を麗奈にみせる。

「うん。お母さんとの思い出がいっぱい詰まってるの。大好き」

ソフィアの笑顔が麗奈へ感染したが、言葉に含まれる意味を考えると、手放しで喜べなかった。


麗奈は、ハディエルファミリーについて詳細を知らない。


言葉の意味について詳細を問いたいところだが、ソフィアにそれを尋ねる勇気はなかった。


定員数5名のクマのアトラクションにハディエルファミリー4人とマイロが乗り込むと、麗奈は少し離れた場所でスマホを取り出し、ネット検索を始めたた。




――――――


ケイは人形たちと世界を巡る、ゆったりとしたアトラクションの中でがっつり寝ていた。

妙にそれを指摘されると「起きていた」とすっとぼけたが、証拠として撮られた動画をみせられると、両手を顔の前でくっつけて、ゴメンと謝った。


妙に小言を言われながら出口まで来ると、目の前に例の集団が見えた。

集団の姿を捉えると妙のテンションが一気に上がり、向こうを指差しして「見て、見て」と目を輝かせた。


ケイはクマのアトラクション方面へ軽快な足取りで向かう妙を追いかけず、出口付近で足をモタモタさせた。

(絶対巻き込まれたくねぇっ・・・)

ケイは集団から視線を外して、妙が戻ってくるのを待つことにした。



妙と同様に、他の一般人もハディエル一家を一目見ようとわらわら集まってくる。

妙は集団の中で比較的ラフな格好をしているガルシア関係者3人が、一点を注視しているのに気付いた。


その視線の先を辿ると、しきりに手で目を覆うような仕草をしている彼氏の姿が見える。

ガルシア関係者が冷めた目で彼氏を見るはずがない、もっと奥の方を注視しているのだろうと解釈すると、妙は再度その集団に歩み寄った。


妙がガルシア3姉妹にスマホを向けると、サングラス集団を押しのけて強行突破してきた男が画面に映り込んだ。

その男は興奮気味に長女・ニーナの近くまでやって来ると、必死に何かを話し始めた。


男は、サングラスの厳つい男たちのバリアまでは辛うじて突破できたが、最後はネズミのカチューシャを付けた男によって接近を阻まれてしまった。

不気味なカチューシャ男によって地面にねじ伏せられるも、それでもなお必死にニーナへ何かを話し掛けている。


地面にうつぶせになった男は、サングラス男数名に取り押さえられながら立ち上がった。

そして、男の顔がだんだんと露わになった。


「えっ・・」

周囲から黄色い悲鳴が聞こえ始めた。

悲鳴に押しつぶされた妙の頭の中は混乱していた。

(おかしい、そんなはずない。だって今日はコンサートの日だって、さっきケイが言ってたもの・・・)


妙のスマホに映し出された男は、R-mindのイ・スホだった。





サングラス男数名に連行されたイ・スホのせいでその場の待機を命じられた明人は、いつのまにか隣に立つケイから、今回の経緯について尋ねられた。

「おい明人。取り押さえられた男って韓国のアイドルなんだろ?さっき俺の連れがそう話してたぞ」

妙は化粧直しのついでに、スモークチキンの買い出しに行っている最中だ。


「いや俺も知らないよ。こいうのは灯凜に聞いたら・・」

「灯凜がこの場にいたら、お前じゃなくて灯凜へ真っ先に聞いてるよ。灯凜は今日その韓国アイドルのコンサートに行ってるんだよ」

「え?どういうこと?」

ケイは妙から聞いた韓国アイドルの名をその場で検索して画像をみせた。

「・・さっき連行された人だね・・・」

3週間ほど前から、推しのコンサートのチケットが当たったことを興奮気味に話していた灯凜の事を思うと、2人はいたたまれない気持ちになった。


サングラス男に取り囲まれた姉妹の方向を見ると、マイロの服を掴みながら、マイロに話しかけるニーナの姿が見えた。

「・・・」

灯凜にどこまで話すのが正解か分からず、2人はしばらく黙っていた。




熱狂的なファンで片付けられた騒動の数分後、ガルシア一行は近くのレストランで休憩をとった。


明人が3姉妹に頼まれたメニューを運んでくると、先ほどの騒動のせいで更に厳つく見えるサングラス連中の圧があってか、客席の1/3ほどをガルシア一行が占める状態となっていた。

(おっさんたちめ、一般の家族連れまで追いやったのか)

明人は、この状況の写真・動画を誰かがアップして炎上してしまえばいいのに、と心の中で悪態をついた。


「まぁ明人、こっちに座って落ち着こうぜ」

ガルシア姉妹の明人に対する処遇がだんだん分かってきたケイは、励ますかのように明人に話しかけ、明人の肩を軽く叩いた。



ケイの元に、お土産まで買ってくるからゆっくりしててと妙からメッセージが届いたため、ケイはガルシア一行に便乗する形で、レストランでちゃっかり涼しんでいた。

「そういえば、今日はいつもの眩暈・立ち眩みはなかったのか?眩暈と共にあの韓国アイドルの姿が脳裏をよぎったとか」

度々起こる明人の症状を思い出し、ケイが半分冗談で問いかける。

明人が笑いながら否定するのを待っていたが、目が泳ぎ、テーブルにあるジンジャーエールを見つめていた。


「・・明人。まさか、あの韓国アイドルの顔が会う前から頭に浮かんでいたのか?」

ケイはソファから状態を起こして前のめりになる。

「あ、いや。あの人は頭に浮かぶ事はなかったけど」

「けど?」

間髪入れずにケイが問いただす。


数秒の沈黙の後、明人がケイの質問に答えようとジンジャーエールから目を上げると、いつの間にかケイの背後に立つネズミのカチューシャ男も漏れなく視界に入った。

その姿に目が慣れたせいか、明人は驚くことなく2人を交互に見る。


「クマのぬいぐるみが、見えたんです」

「クマ?」

「はい。先ほどのアトラクションのクマ。そして3女のソフィアとハディエル氏の姿が」

マイロは麗奈の方を向き、麗奈に目で合図した。

麗奈は頷くと、サングラス男に囲まれたソフィアを残してケイの隣に座った。


明人は話を続けた。

「クマに、少し血が付いていました」

3人の目つきが変わった。


「お前自身が憶測で物を言う事に抵抗があって、躊躇してしまうのは分かる。でもいつもの脳内再生に比べると、今回のはあからさまに危険な香りがするが。なぜもっと早く言わなかった?」

抑揚のない言葉でマイロが問いかけた。

「すいません・・。今回班長は、姉妹につきっきりで声をかけるタイミングが分からなくて。それに・・・今回は本当にありえない光景だったんです」

「ありえないって何だよ?」

腕組をしたケイが頭を傾ける。


明人は軽く頷くと、話を続けた。

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