5-2
[班長は3姉妹の世話で、きっと午前中からヘトヘトになっていると思う♪]
ケイは暗い洞窟を模した建物の中で、必死に笑いをこらえていた。
マイロと麗奈の姿を確認後、ケイはすぐさま目撃情報を灯凜へ伝えた。
数分しないうちに、本日の任務に至った経緯の説明と共に、「班長を3姉妹の世話役に抜擢させた」と灯凜から誇らしげなメッセージが届いた。
(灯凜のやつ、やるなぁ。しかも後藤に直談判したとかマジで肝っ玉だな)
「ねぇ、何でそんなに面白そうなの?」
妙が怪訝な顔をケイに向ける。
「上司を目撃したことを同僚に報告したら、ふざけた返事が返ってきたんだよ。そいつも今日のテーマパークに誘われていたみたいだけど、K-POPアイドル“R《アール》-mind《マインド》”のコンサートの予定が別の友人たちと入ってたらしく、断ったらしい」
緊迫した状況で本領を発揮する、まるで戦場の神様の様な聖沢舞郎(ひじりさわまいろう)が、少女の面倒見係りを命じられ、しかも少女たちのわがままに付き合わされている場面を想像すると、また笑いが込み上げてきた。
「ねぇ。ケイこれみて。今パーク内にガルシア姉妹がいるみたい!」
妙のスマホ画面には、先ほどハディエルと談笑していた少女たちが映っていた。
(やっぱりそうか)
画面には、テーマパークのキャラクターをかたどったカチューシャを頭につける、綺麗な少女ら3人が仲睦まじい様子で映っていた。
撮影現場がどこかまでは綴られていないが、写真の背景が全てを語っている。
興奮気味の妙が探しに行こうと提案してきが、ケイの脳裏に、上司に遭遇した時の気まずさがよぎり、やめた方がいいと思わず本音が出た。
「みてこれ。3姉妹の後ろに映ってる一般人。可哀そうに、これじゃ背後霊じゃん・・」
妙がスマホに指をのせてズームすると、ケイはついに笑いを堪えきれなくなった。
テレビやゲームで見るシリアルキラーの様な形相でネズミのカチューシャを付けるその人物は、まさにホラーだった。
真正面からこちらを見ていないだけマシな写真かもしれない。いや、その前に少女の写真のチョイスがおかしくないか?
故意にこの写真を選んだかと思うと、ケイはますます笑いが止まらなくなった。
――――――
日差しが強くなってきたので、灯凜は日焼け止めを塗り直した。
シミ対策のため外で過ごす時間を極力避けたいところだが、今日はそうも言ってられない。
灯凜は韓国のアイドルグループ『R-mind』のコンサートのため、友人たちと会場に来ていた。
今日はオンラインで販売していないグッズの購入のため、早朝から列に並んでいた。
「やばい・・・しんどすぎる・・・・」
友人の幸香が、自身の推しであるR-mindのメンバー・パク・ヒョヌの更新したSNSを灯凜にみせた。
ヒョヌはR-mindのメンバーの中で一番SNSの更新率が高い。
灯凜の推しであるイ・スホはあまり更新率は高くないが、メンバーの中で一番愛嬌があり、人懐っこさが魅力だと内心豪語している。
ヒョヌの投稿した写真は、朝食後の風景を写したもので、撮影者のヒョヌとマグカップを両手に持ってウインクするスホが映っていた。
灯凜は喜びのあまり口元を抑えながら何度も頷いた。
ヒョヌとスホが持つマグカップはどこに売っているのか探そうと話しているところで、もう一人の友人である美貴が2人に声をかけた。
「ねぇ、ガルシア姉妹が来日しているみたい。今テーマパークにいるみたいだよ。 “lovonel《ロヴォネル》“にリアンナとニーナのテーマパークで撮った写真がアップされてるから、ちょっと見てみてよ」
3人ともガルシア姉妹に興味があるわけではないが、とてつもないインフルエンサーなので幸香は美貴にいわれるがまま“lovonel“のアプリを開いて投稿された写真をチェックした。
「ほんとだー。やばいね。いつも以上に人で溢れ返ってるんじゃない?」
灯凜はハディエルたちがテーマパークに訪れるスケジュールはもちろん知っていたわけで驚くことはなかったが、少しだけ驚く演技をしてみせた。
灯凜は、推しのスホが、ガルシア姉妹の長女・ニーナの熱狂的なファンで、芸能界入りした理由がニーナに会うためだ、という内容のネットニュースを以前見た事をふと思い出した。
広告だらけで信憑性のないネットニュースだと思い、特に気にすることはなかったが、灯凜の中で少しひっかかるものがあった。
ガルシア姉妹の後ろに写る一般市民が怖すぎると笑いながら2人は話しているが、灯凜は
“lovonel“のアプリを開く気にはなれなかった。
――――――
リアンナとニーナは、その後もアトラクションの前まで訪れると自撮りをしたり、サングラス男に撮影してもらったりと夢の国での撮影会を満喫している様子だった。
3女のソフィアは、撮影よりもアトラクションへの乗車を楽しんでいる様子だ。
ソフィアに数回撮影をお願いされたが、ソフィアだとあまり認識できないくらいの距離で、背景にパークがしっかり映った写真を本人は好んで希望した。
しかも、その場の撮影は1枚撮れば満足する。
麗奈は、ソフィアが上の2人とはだいぶ性格が違うことに気付き始めた。
「ソフィア、SNS用の写真は撮らなくていいの?」
麗奈が“撮るよ”の意思表示でソフィアのスマホを受け取るため、手を差し伸べた。
「そういう写真は姉たちが撮るからいいの」
迷いなく、さっぱりとした返事が返ってくると、ソフィアは姉2人の方向へ目をやった。
マイロは、もはやリアンナとニーナ専属の執事化していた。
美女2人にひっきりなしに声をかけられているが、マイロは聞こえなかったふりをするか、たまに一言返事をするかで、目は空中を彷徨わせている。
一方の明人はというと、麗奈にマイロのフォローに入るよう言われた為、3人の後を付いて回っているが、明人という人物がはたして美女2人の眼中に入っているかどうかも危ういくらいの存在となっている。
マイロは仕切りに腕時計を見ているが、おそらく時間の経過を祈っているのだろう。
まさかこんなに頼りない班長の姿を目にする日がくるとは。
同情の眼差しをソフィアに戻すと、ソフィアは誰かにメッセージを打っている所だった。
メッセージを打つソフィアの様子は、心なしか不安な表情だ。
先ほどのアトラクション前での写真撮影後も誰かにメッセージを打っていたが、その際も険しさを滲ませていた。
「何か飲む?」
麗奈がソフィアに声をかけた。
少し驚いた様子でソフィアが麗奈の方を向くと、“いらない”と首を振った。
当たり前だが、3人は姉妹なだけでそれぞれ性格は違う。
長女のニーナは大学生で、服装も相まってか色気を随分と漂わせるセクシー路線だ。
次女のリアンナは、3人のうち一番よく笑う性格で、はっきりとものを言わないと気が済まないタイプの様だ。
先ほども、むやみやたらに追いかけて来る男子大学生の集団に『付いてくるな』とはっきり物申しをして、中指を立てていた。
一歩間違えれば炎上するタイプなので、世話役に抜擢されなくて正直ホッとしている。
そして3女のソフィアは、無口で必要以上に会話をしたり行動をしない省エネタイプだ。
そういうところが余計にミステリアスな雰囲気を醸し出し、2人以上にメディア受けしているのだろう。
出会って数時間ではあるが、行動を共にすることで3人の性格を面白いくらいに観察することが出来た。
そしてこの様な場面では、班長があまり役に立ちそうにないことも分かった。
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