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山田の証言によると、大手ゼネコン会社“マザーハウジング”の経理をしていた池谷という男から、金で不正工事を請け負うことになり、何でも素直に言う事を聞く青木にその作業を任せたという。
あくまでも自身の手は汚さずに不正を行った形だ。
池谷はマザーハウジングの金を着服し、それが露呈したことで解雇処分となった。
そしてその逆恨みで、マザーハウジングの名に傷をつけようと今回企んだ経緯だ。
ただ、池谷のシナリオは、首脳会議が第1会議室で行われている最中に、隣の第2会議室は手抜き工事が原因で天井が抜け落ち、政府を前にしてマザーハウジングが大恥をかくというものだった。
しかし今回、天井が抜け落ちる予定の第2会議室へ会場が変更となったため、山田は慌てて池谷へ連絡し、重しとなる鐘が業者によって天井へ運び込まれるのを中止させようとしたところで細野に声を掛けられ、結果ケイに腕を折られるはめになったとのことだ。
第2会議室の控えにいる明人たちへ、ケイからその旨の説明が無線で流れてきた。
ホッとしたところで、明人を眩暈が襲った。
様々な画が頭に浮かび上がると、明人の額に汗が伝った。
眩暈が落ち着くとゆっくり目を開け、警備室へ向かった。
明人は警備室の中へ入り、無数にある防犯カメラ映像から第2会議室天井付近の映像を探す。すると、2つの映像が真っ暗になっていた。
「あれ?ここの2つ変だな。様子を見てきます」
警備員がもう一人の警備員にそう伝えると、ゆっくりと席を立った。
何かがおかしい・・・。
明人は、警備室から出ると同時に無線を押した。
「聖沢班長。班長の友人へ、天井出入り口を映す外部の防犯カメラ映像を第2会議室控えのPC端末へ流す様に伝えてください。それから、昨日から今日にかけての空調機械室の防犯カメラ記録映像も併せてお願いします」
「了解」
マイロは一言だけ返した。
第2会議室の控えに戻ると、1分と待たずに机上の各端末へ外部の防犯カメラの映像が流れた。
すると、外部の防犯カメラの映像には、業者らしき数名が大きな台車をひいて天井出入口から出て来る様子が映り、数秒後にはケイの姿もそこに映し出された。
「おい、今何してたんだ」
全速力でたどり着いたケイが、息が整わないうちに業者へ問う。
「え?依頼された鐘を3つ運び込みました。たしか、ここで良かったですよね?数日後に行われる演劇用の鐘で、今はまだ舞台に置けないから天井に運んでって言う注文ですよね?」
「運送中止の電話があったんじゃないのか?」
「えぇ。でもその後にやっぱり予定通り運んでって、依頼されましたよね?」
「くそっ」ケイは拳を壁に叩きつけると、業者を押しのけて中へ入った。
ケイが業者とやり取りをしている間に、空調機械室防犯カメラの記録映像も、隣のPC端末に映し出された。
倍速で流れる空調機械室の映像に、1人の小柄な男が現れた。
「あ・・・」
明人の側でPC端末を覗く陽臣は、惣菜パンを片手に建設現場へ乗り込んだ日の事を思い出した。
あの日は、昼食時に姿を見せない義男が出勤しているのか、陽臣はものすごい形相で同僚たちに問い詰めた。
そうだ、この人は・・・義男さんが外食で出ていることを教えてくれた人だ。
マスクとサングラスで顔の特定は困難だが、陽臣の記憶にある当時の特徴と全て一致した。
男は数分程エアコンの基盤をいじり、空調機械室を退室した。
ケイが天井入口へ入ると、ケイの二回り以上の大きさを持った鐘が、均等に並べられていた。
「嘘だろおい・・・」
どうにか業者の手を借りて、急いで外に運び出すことが出来ないかと考えていたが、業者の手を借りても、数分でどうにか動かせる物ではなかった。
鐘の真下から、ミシ、ミシと嫌な音がする。
「鐘が天井に運び込まれた!!今にも天井が抜け落ちそうだ!」
無線から響くケイの声が終わらないうちに、マイロと麗奈は第2会議室へ急いだ。
関係者を振り切りマイロが第2会議室の扉を開けると、ちょうど総理が挨拶をしているところで、全員が一斉にマイロの方を向いた。
『今すぐここを出ろ!』
パニック状態となった会場の要人たちは、麗奈の誘導で慌てて入口へ向かう。
全員が退場したタイミングで、第2会議室の天井から3つの鐘が机と椅子を目掛けて落ちてきた。
――――――
細野 義男 様
お元気ですか?義男さんが青森に戻って早2か月、あの事件後、国際問題へと発展することを防ぐため日々業務に追われていましたがその騒動がようやく下火となり、やっと元の日常が戻ってきました。複合施設は点検と修繕を終えて、来月オープンすることが決定しました。
義男さんの勇気ある行動が、多くの人の命を救い、そして新しく生まれ変わった霞が関を軌道に乗せたと言っても過言ではないでしょう。この前電話で話した時、まだ傷口が痛むとおっしゃっていましたが、まだ暫くは用心して過ごした方が良さそうですね。義男さんの傷が癒えた頃、青森へ遊びに行きます。
義男さんの話を聴きながら、美味しい東北のお酒が飲める日を楽しみにして、これからも仕事に励みたいと思っています。
少しですが、同封したどら焼きをご家族の方と早めに召し上がってください。それではまた。
上原 陽臣
義男は熱くなった目頭を指で押さえ、どら焼きを一つ手に取った。
10キロ痩せた義男の姿が鏡に映る。頭の包帯はまだとれないが、体調もだいぶ良くなり、今はリハビリがてら朝と夕方に散歩するのが日課となっていた。
「義男、砂糖買ってきて」
「はーい、行ってくる~」
エコバックを握りしめ、玄関前に腰掛けてゆっくりと靴を履いた。
引き戸を引くと、心地よい風が義男の頬をさすった。
義男は玄関先で母親から受け取った薄手のパーカーを羽織ると、ゆっくり、ゆっくりと前へ進んだ。
都会の喧騒を微塵も感じさせないこの空気に既に馴染んでしまい、義男はもう東京の生活に戻れないと感じていた。
(永田町で食べた月見うどん、もう一度食べたいなぁ)
スマホをポケットから取り出し、どら焼きの感想と、「もう一度あの場所でうどんを食べましょう」と文字を打ったところで涙が頬をつたった。
打った文字を全て取り消しスマホをポケットにしまうと、鼻歌を歌いながらゆっくり、ゆっくりと夕日に染まった道を歩いた。
―――
4話終了
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