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機材を載せた台車は、多くの報道陣の脇を急ぎ足で通過した。

今日の東京は、33度を超える真夏日となった。

業者らと施設管理担当の職員は汗だくで空調機械室に入ると、急いでエアコンの修理に取り掛かる。


「だめだ。そもそも基盤がイカれている。ここのエアコンを請け負った業者どこなんですか?」


完成した迎賓館の各箇所を点検して回った際、エアコンに異常はなく、会議のリハーサルの際にエアコンをつけて快適温度の確認を行ったが、その際もエアコンに異常はなかった、と施設管理担当の職員は話した。


今すぐ修理できる状況ではないことを業者に告げられた担当職員は、大慌てで最終打ち合わせ中の会議室に入り、首脳会議を行う予定である会議室の空調の不具合を後藤たちに説明し謝罪をした。

どよめきが起こる会議室で、眉間に皺を寄せる総理の下へ後藤が駆け寄り、真っすぐ目を見た。


「第2会議室は、迎賓館の中で2番目の大きさを誇ります。今から取り掛かれば、午前中のうちに第2会議室を首脳会談用の会場に整えられるでしょう」

総理は間髪入れずに首を縦に振った。




会場の雰囲気が益々慌ただしくなった。

総理らは首脳会議の前に行う各国の要人との顔合わせに向けて、迎賓館前で報道陣による会見をうけていた。


その間に後藤が指揮をとり、第2会議室の音響調整や機材運び、装飾の準備に急いだ。

マイロと麗奈は、総理たちの各国首脳の顔合わせに同行し、明人や灯凜たちは後藤の補助に入った。


本来は明人たちも各国首脳との顔合わせと会議の前に行う交流の場へ同行する予定だったが、会議室変更の関係で、当日のスケジュールが大きく変わることとなった。


迎賓館と複合施設の空調工事を請け負った会社の幹部が急遽現場に駆け付け、政府関係者から今回の件の説明を受けていた。

幹部のトップ数人らの動揺する姿を横目に、明人たちは予定していた第1会議室についての説明が入る書類等を大幅に修正するため、会議に関する書類全てに大急ぎで目を通していた。


後藤の驚異的な指揮で、第2会議室は第1会議室と相違ない環境に整った。間もなく要人らが会議室に入る。



空調管理会社幹部の平謝りを、慌ただしい会場の端で見ていた山田は、幹部以上に動揺を隠せないでいた。

エアコンがしっかり行き届く第2会議室はとても快適空間だが、山田の額からは大量の汗が噴き出している。

山田は迎賓館から出ると大きな憩いの場を通り抜け、人気ひとけのない小さな中庭で電話をかけ始めた。


「これじゃあ総理大臣たちの命に関わる危険が出てきます!青木ならまだしも・・お偉いさん方の命までは、俺には無理です!今すぐ配送会社に電話して運び込むのを中止させてください!!」

「山田さん」


山田の後ろには、小太りの中年男が悲しそうな表情で立っていた。


するとそこへ、端正な顔をした男も駆け付けた。

「義男さんっ!」

義男は陽臣の声かけには応じず、山田へ問いかけた。


「手抜き工事を青木さんにさせましたね。それに気づいた僕にご飯を奢ったり優しく接したり・・・。青木さんを自殺に見せかけて本当は・・・殺したんじゃないですか?」


義男の声は震え、活舌も全く良くなかったが、それでも青木の死を悲しむかの様に、山田へ強く問いかけた。


「お前・・!そんな証拠がどこにあるんだよ!?」

顔を真っ赤にした山田が、興奮した勢いで義男の頭部を思い切り殴り、義男は地面に倒れこんだ。

「やめてください!」

陽臣が義男をかばうように前に出ると、更に激昂した山田は、陽臣の顔面を目掛けて拳を振り上げた。



陽臣は反射的に目を瞑ったが、痛みはなかった。


目を開けると、そこには山田の腕を掴む弁慶の姿があった。


「なっ!このぉっ・・・!」

腕を見たことのない角度に曲げられた山田はもがき始めた。


「危なかった。なんだこのおっさん。こいつの顔に傷がついたら、霞が関の女性たちからめった刺しにされるぞ」


痛がる山田の姿を見ながら事態をおおよそ把握したケイは、今度は山田の足を掴み、ありえない角度に曲げる予告をしてみせると、陽臣に向って頷いた。

「一体何を企んでいるんですか。答えないと次は・・・」


眉間に皺を寄せる陽臣が山田へ強く睨みかけると、足を掴むケイの腕に力が入る。

「待て!!全部話すから!!俺は悪くない!」





首脳会議開催の3日前、明人は陽臣と事務局を最後に退庁し庁舎を出ると、目の前にケイと灯凜、野希羽の姿が現れた。

「水臭いな。何考えてるんだよ。俺たちに話せよ。ほら、夕飯食べに行くぞ!」


自分の憶測なんて到底あてにならないし、そんなことで他の人の時間を奪うと思うと、明人は誰にも憶測を話せないでいた。


しかし、夕飯のため5人で訪れたハンバーグチェーン店で、明人は所詮憶測にすぎないだろう全てを、躊躇することなく同僚たちに話すことができた。

誰も否定せず、くだらないという態度をとるものは一人もいなかった。


そのおかげで明人は少し前向きな気持ちになり、国家総合事務局に配属され、このメンバーに出会えたことに感謝した。



「調査の終盤は、一部の資料とその部分が青木さんの映る映像のどこにあたるのか確認していました」


義男の入手した資料映像の一部に、わずかだが消しゴムで消した鉛筆の跡があったのだ。

その痕跡の文字までは映像で確認出来なかったが、その部分の作業を担当した作業員の確認を行った。

すると、消しゴムの痕跡があるページの全ての作業に、青木が関わっていたことが分かった。


そして首脳会議3日前、その部分は迎賓館第2会議室の天井周辺の部分にあたることが判明した。


判明後は、陽臣やケイたちと共に第2会議室の天井裏を何度も確認したが、とりわけ違和感を感じる場所はなかった。


これが取り越し苦労であって欲しいと思うが、明人の中のモヤモヤは払拭できず、結局モヤモヤを抱えたまま首脳会議の朝を迎えた。



そして今、第2会議室に変更となったこと、焦燥する山田の姿を確認できたことで、明人の嫌な予感が的中しようとしていた。


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