4-3


「少し、いいですか」

麗奈は声の方を向き、頷いた。


とある一室に呼び出された麗奈とマイロは、黙って陽臣の話に耳を傾ける。

話し終え、陽臣は2人の言葉を待つ。


数秒間の沈黙を打ち破ったのはマイロだった。


「その証拠は?」

いつも以上に冷徹に感じるその目は、まるで陽臣の心を刺すようだ。

「今のところ・・・ありません。これからその場所を探し当てます」

陽臣の言葉は、海に潜って指輪を探し当てると言うような、途方もない事を言っている様に聞こえた。


「信憑性のない発言を信じて巨大な敷地内にある欠陥を探し当てるなんて、無謀すぎるだろ。入庁当時に貼られた自分のレッテル知ってるか?」

「マイロ、それは言い過ぎだろ」

麗奈がきつくマイロに注意したが、陽臣はすでに威嚇するかのような形相で拳をきつく握りしめていた。



端正な顔立ちで特に女性からの好感度が高い傍ら、あの船上の事件で官房長官へ直談判を図り、門前払いされたのは上層部の間でも有名な話だ。


勇敢だが、行動が無謀すぎる。


その麗しい顔で人気を博しやがて国会議員となり、総理大臣に食って掛かる破天荒議員にでもなるんじゃないか、そう揶揄する者も中にはいる。


あの時秘書に言われた言葉を陽臣は鮮明に覚えている。

怒りより、一人では到底何も出来ない悔しい気持ちが心の奥底にあった。


今回も、自分は友人一人救うことも出来ないのか?

陽臣はゆっくり息を吸い、前を向いた。


「お願いです。僕に力を貸してください」2人に向って、陽臣は深く頭を下げた。


「陽臣」

マイロに呼ばれ、頭をゆっくりと上げた。


「お前、変わったな。無謀な所はそのままだが。官房長官、局長あたりを頼りにしなかっただけ良い判断だったと思う」

腕を組んだマイロはニヤリと笑いながら続ける。

「複合施設の完成までそんなに時間はないが。とりあえず出来るところからあたっていくか。チームで」

「無鉄砲なとこは、直属の上司に似たんだろうなー」


麗奈は半目でマイロと陽臣を交互に見た。




――――――


幼い頃、父親を喜ばせるために、父親を巻き込んだサプライズ計画を実施した。


サプライズは成功したが、「巻き込み型のサプライズはやめろ」と父親に苦笑された。

灯凜は心の中で父親に詫びをしながら、巻き込まれる事がいかに不快なものか痛感していた。


なぜ業務時間外に、他人の不正を暴く手伝いをしているのか・・・・。

反論したいところだが、か弱い私はマイロハラスメントに抗うことなんて出来ない。

その気持ちを隣の明人に目で訴えて見せたが、更にか弱そうな同期は困り顔で応えてみせるだけだった。


「これを見ろ」

マイロが作業現場の映像を指す。

「これはどこから入手したものですか?」

「友人に頼んで提供してもらったものだ。明日より、この男の動きに不審な点がないか確認をする」


いや待て。なぜ班長の友人がこの映像を所持しているんだ・・・。

これが防犯カメラの映像だとすると・・システムをハッキングして・・・。いや、聞くのはよそう。

そう自分に言い聞かせると、明人は映像に映る男を目で追う。


現時点で分かるのは、男が建設現場の作業員である事、他の作業員より仕事に時間を要しているということだ。

青木については、先ほど陽臣の口から詳細を聞いたところだ。

1時間前に定時は過ぎたが、明日から本格的に調査に入るという事で、明人たちは青木という人物を映像で確認しているところだった。


「青木が実際に手抜き工事をした確証は今のところないが、もしこれが事実だとすると来月の首脳会議に影響を及ぼす可能性がある。局長より、首脳会議開催までこの調査が追加業務となることを告げられた。併せて、機密業務扱いとなることも」


静まり返った事務局内に、緊張が走る。

去年の1月から着工した複合施設の工事の防犯カメラは複数あり、入手できた映像を手分けしてチェックすることになった。


班長の優秀な友人は、工事の着工から青木が死亡するまでの期間の映像を入手していた。

入手手段も含めて機密情報であることは言うまでもない。


通常業務もあるため、この業務は16時以降のみに限定されることになった。

真偽が定かでない案件ではあるが、マイロが後藤局長に事情を説明した結果、特別に任命されたチームの業務となった。

陽臣からすると感謝しかないが、ケイや灯凜は業務の追加にげんなりしているところだ。


総理や大臣等の複合施設完成間近に伴う見学の付き添い業務には、当初に陽臣と野希羽、麗奈を予定していたが、今回手抜き調査の任務が追加となったことで、マイロたちも施設の見学に加わることになった。



「この映像じゃあ、手元どころかどんな作業をしているかなんて確認までは厳しいぞ」

ケイはのけ反って後頭部を両手で支えた。


防犯映像は、作業の様子を細かく映し出すのに特化しているわけではないので仕方がない。

それに、当たり前だが突飛な行動をしているわけでもないので、ただ青木が作業する様子を観ているだけの時間だ。

まぶたが落ちてきた野希羽の頭が一瞬ガクンとなったので、隣に座る灯凜は野希羽の肩を優しくさすった。


陽臣がお茶とブラックコーヒーをチームに差し入れした。

「お疲れ様です。よかったら、どうぞ」

明人はお茶を選び、陽臣の顔をみた。


「工事現場に勤める細野さんは、上原さんとどの様な関係なんですか?」

業務に取り掛かる前に経緯は一通り聞いたが、詳細な関係までは聞いていなかったため、明人はこのタイミングで聞いてみた。


軽い気持ちで聞いたつもりだが、ケイはこちらに態勢を向けて、他のメンバーも聞き耳を立てている様子だった。

その様子に気付いた陽臣は、少し照れながら皆に伝えるように話した。


「昼食休憩の時、作業現場で休憩している細野さんに出会ったんです。彼の陽気なところに惹かれて。それで毎日お昼を一緒に過ごしている仲ですね」

「おい上原。それは女性陣の前で言わない方がいいぞ。細野さんの命が狙われるから」

ケイが険しい顔をしながら警告すると、灯凜と野希羽が頷いていた。3人とも深刻な表情をしている。


「現場作業に関する話は、昼食の際にいつも細野さんから伺っていたので、青木さんの死はタイミングといい何か怪しい気がするんです。推測ですが・・・手抜き工事が発覚した際に、青木さん一人に責任を押し付けて、事件を闇に葬ることもあるのではないかと」

「まぁでも、手抜き工事がたまたま発覚すればの問題だと思うが。もしあっても、劣化が進んでから手抜きに気付くんじゃないかぁ」


「それに、たとえ青木さんの動きが怪しい映像があっても、コンクリートで覆ってあるなら手抜きを見破ることなんて出来ないですよね。取り壊して手抜きじゃなかったって判明したら、細野さんのでっち上げにもなりかねませんよ。手抜きを示す様な資料や文書を入手する方向で考えてみるべきではないですか?」

さっきまで眠そうにしていた野希羽がポツポツと話す。


「それには手をうってある」

マイロがそう言うと、陽臣と麗奈以外はキョトンとした。

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