4-2


暖かい日差しの下で、陽臣は今日も義男の話を楽しく聞いていた。


「そういえば、間もなく複合施設が完成しますね。首脳会議関係者で、施設内の見学を来週予定しているんです」


総理大臣、官房長官らに同行し、完成目前の施設内の見学をする予定だ。

共通の話題となる施設の話題に、義男がのってくることを期待して話したつもりだが、義男の表情は少し困惑しているかの様に見えた。


「何かあったんですか?」

陽臣は話を中断して義男の気持ちを汲もうとするが、義男は下手な作り笑いで陽臣の質問に答えようとしている。


義男はぎこちない口調で、複合施設の建設で自分がどの様な業務を行っているか話し始めた。

陽臣はその様子に違和感を覚えたが、彼の話を折りたくない気持ちが優先したため、義男の話に合わせた。


「明日は義男さん仕事お休みでしたよね?もし良ければ、今夜飲みに行きませんか?」

多くの女性を敵に回すかのようなお誘いだ。

義男だって、自身のスーパーヒーローである陽臣の誘いを無下にすることはない。

「はい、喜んで~!!」




――――――


サラリーマンが多い居酒屋を避けていた義男にとって、新橋にある大衆居酒屋は目新しいものだった。

午後の義男は、陽臣と肩を並べて一緒に酒を飲めることが楽しみでしょうがなかった。


乾杯後、義男は生ジョッキを一気飲みして、最高にうまいと表情で示す。

「ん~仕事終わりのビールは、最・高~~!」義男は、良く分からないポーズをしてみせた。


お通しで“高野豆腐と小松菜の煮びたし”が運ばれると、義男は家でよく作る高野豆腐の簡単レシピを陽臣へ得意げに話してみせた。

『義男さんの食べたいものが食べたい』と言う陽臣の言葉に甘えた結果、枝豆と刺身の盛り合わせ、トウモロコシのかき揚げと手羽先の唐揚げ、山芋の鉄板焼き、イカ墨チャーハンがテーブルを彩った。


仕事後に自分で作るおつまみレシピは最高に旨いと自負する義男だが、陽臣と会話をしながら食べて飲むお酒は、それよりも100倍旨く感じた。


義男の酒のペースがいつも以上に速いのは、ニンニクと塩気の効いた絶品料理と、そして目の前で楽しそうに笑う陽臣のおかげだ。

このひと時があまりにも贅沢で、義男の飲むペースがどんどん上がる。


陽臣が3杯目のレモンサワーを飲むころ、義男は10杯目のメガハイボールをお代わりした。

メガハイボール14杯目を飲み干すあたりで、義男のトークは饒舌を飛び越して、いよいよ呂律が回らなくなってきた。


呂律が回らなくなったところで仕事に関する話題が頻繁に出てくるようになり、義男の口から遂に、仕事の内部事情が飛び出してきた。

陽臣が話題を変えて話をするが、義男は陽臣の話を無視して自身の業務に対する懸念を吐露した。


陽臣は義男の話に耳を傾けながら、義男のチェイサーを注文した。


「もし欠陥に気付いたら、僕は陽臣さんへすぐに伝えまぁす!いや、もしあったらの話でふけろねぇ!」

だいぶ酔っているため言葉のキャッチボールが怪しくなってきていたが、陽臣は義男が建設の不祥事に気付いていると直感した。

昼間の義男の不自然な態度は、これが原因だと合点がいく。


「義男さん、あなたは誰よりも心が綺麗です。何か困ることがあったら独りで悩まずに、僕へ相談してください。できる限りのことはします」


義男は突っ伏した態勢で笑ってみせて、目を閉じた。


陽臣は、タクシー運転手へ義男の住所を伝えて十分なお金を義男に握らせると、車が走り去るのを見送った。




――――――


次の週、朝礼に青木の姿はなかった。

青木が欠勤することはこれまで一度もなく、不思議に思い義男は同僚に尋ねてみた。


「あぁ、青木は死んだよ。自殺だとさ」


義男は理解ができなかった。

自分は頭が良くない。

同僚の言葉の意味が分からない。

その淡々と話す言葉が理解できない。


頭の中を必死に整理しようとする義男を山田が呼んだ。




――――――


曇り空からやがて雨が落ちそうな気配だ。

雨が降ろうが槍が降ろうが、自席より快適な場所へ惣菜パンとお茶を持って向った。


普段なら到着と同時に、フェンス越しに自分を呼ぶ声が聞こえるが、今日はその姿がない。

野良猫はいつも通り、陽臣の足元に寄ってきた。


(今日は出勤日のはずだけど・・体調を崩しているのか?)

雨に濡れぬよう、いつもより屋内側に座って昼食を食べながら、義男と居酒屋で話した内容を頭の中で復唱した。


次の日も義男の姿はなかった。

陽臣の中に不安がよぎる。

陽臣は惣菜パンを持ったまま、建設現場へ乗り込んだ。



「すいません、細野さんはいらっしゃいますか?」

整った顔立ちをしたスーツ姿の男に、周囲は異様の目を向ける。

「細野って、あのデブで訛りのひどい細野か?」

赤いタオルを頭に巻いた小柄なスキンヘッドの男が、牛丼を食べる箸を休めて陽臣に確認した。


「はい、その細野さんです」

「あいつ何かやらかしたのか?あいつなら山田さんたちと昼食に行ってると思うけど」

スキンヘッドの男がオフィス街を指してみせた。


陽臣は困惑の目を指さす方に向けると、義男の同僚たちにしつこく場所を問い詰めた。

しかし誰も行き先までは知らず、戻ってくるのを待てば良いと話す。


「何だ兄ちゃん。あいつ犯罪でも犯したのか?」

「いいえ。僕の友人です」

ビジネスモード全開の陽臣に、茶々を入れられる者はいなかった。




――――――


タイムカードを切った義男の肩に山田は手を置き「明日も宜しくな」と伝えると、その場を去って行った。

義男は一礼して駅に向かった。



「義男さん」

高架線に隠れていた陽臣が飛び出してきた。

義男は驚いた様子だったが、いつもの笑顔でお疲れ様のポーズをしてみせると、足早にその場を去ろうとした。


「待ってください!どうしたんですか?一体何があったんですか?」

容姿端麗なスーツの男に至近距離で問い詰められると、まるで男色の縺れ合いの様に周囲から見られないか不安になり、居ても立っても居られない義男は周囲の目線を気にしつつ、陽臣に声を掛けた。

「陽臣さん、どこかで夕飯でも食べましょう」


駅から少し離れたうどん屋に入り、陽臣はとろろうどん、義男は月見うどん大盛りを注文した。

先に陽臣のとろろうどんが運ばれたが、陽臣は手を付けずにひたすら義男を見ている。

「伸びちゃいますよぉ」おどけてみせるが、陽臣の表情は変わらない。


綺麗な顔がずっとこちらを見るものだから、自分はそっちの気もあるんじゃないかと一瞬錯覚するが、自分は鳥娘の孔雀ちゃん一筋だと再認識し首を振ると、陽臣の目を見た。


「同僚が、亡くなったそうですね」


賢い彼の事だ。

すぐさま情報を入手し、核心に迫ってくるであろうことは覚悟していた。

しかし、義男は口をつぐんだ。


「義男さん・・・僕は貴方の味方です。貴方を苦しめるものは何ですか?」

義男のうどんが手元に置かれたが、手をつけられずにいた。

俯く義男の眼鏡が涙で溢れかえった。


「青木さんは・・・・お調子者ですぐに嘘をつく癖がある方で、周りから信用されていなかったんです。仕事も人一倍時間をかけないと進まなくて・・・。それでも毎日休まずに、誰よりも頑張っていました。彼がつく嘘だって、周りから認められたくてつくような、見え見えな嘘だったんです。悪い人じゃないのに・・・それなのに・・・青木さんが亡くなったのに、誰も悲しく思っていなくて・・・・」


義男のうどんに涙がこぼれ落ちると、陽臣はこれ以上何も言えなかった。


義男が泣き止んだ後、2人は冷めたうどんを黙々と食べた。

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