3-2
久しぶりに悟に会ったあの日、来月も石仁で落ち合う約束をしたが、悟は夢華劫の祭事の準備に追われ、なかなか都合が合わずにいた。
ケイはどうしても祭事の前に会う約束をつけたくいくつかの日程を提案したが、すべて仕事と祭事で予定を詰め込んでいた悟は、祭事以降の日程を提案してきた。
「くそぅ・・・」
「ケイ、具合でも悪いの?」
スマホとにらめっこしている弁慶の姿が珍しく、明人は声をかけた。
「明人、覚えてるか?3日前に街中ですれ違った俺の友人」
「友人?あぁ、夢華劫の会に所属しているあの方?」
「そうだ。今月、夢華劫の会の祭事があるんだが、どうしてもその前に会いたいんだが・・」
「もしかしてケイ、俺の言った言葉気にしてるの?」
ケイは、言葉で返事をする代わりに、手元のスマホに目を落とした。
――3日前の仕事帰り、両国にできたステーキ屋にどうしても行きたいとケイに半ば強引に両国へ連れて行かれた際に、夢華劫会館方面から駅に向かう悟にばったり会った。
「悟!」
「ケイ!」
ケイに悟と呼ばれた友人らしき男は、ケイとは正反対の見た目をしており、人違いではないかと明人は目を疑った。
笑顔でこちらに向って来る彼は明人と同じくらいの背丈で、明人をさらに細くしたような体型だ。7・3の髪型に眼鏡で、スーツがとても似合う。
顔に目立った特徴はなく、いわゆる平均的な顔をしていた。
ケイが明人を紹介する前に、悟は明人へ自身の紹介をした。とても丁寧な挨拶で、見たまんまだと明人は思った。
明人も簡単に自己紹介をした後、ケイから雑な補足が入る。
明人と悟の共通点が彼女なしである事を笑いながら話すケイに向って苦笑を浮かべると、その直後に眩暈が明人を襲った。
「倉森さん、大丈夫ですか?」
そう言われて悟の方を見ると、次に心臓の音が全身に響き渡った。
「おい、明人大丈夫か!?」
ケイの声で我に帰り、明人は頷いた。
「・・・大丈夫。なんともないよ。少し立ち眩みがしただけだよ。はは」
笑顔を作り、何とか事なきを得ようとした。
お腹が空いたことを強調した明人に安堵したケイは、悟にまたなと伝えると、明人とステーキ屋に向って歩いた。
店内は冷房でキンキンに冷えたいたため、明人は暖かいお茶を注いでテーブルに置いた。
「なぁ明人。悟の事なんだが、あいつ高校時代に両親亡くしてて。あいつとは、小・中・高校まで一緒だったんだ。俺にとってあいつは兄弟みたいなもんだから、今後とも悟をよろしくな」
まるで嫁にでも出すかのような言葉に、明人はどんな冗談で返答すべきなのか判断に迷った結果、「サラダバーに行こう」とだけ答えた。
ウエスタン風の店内には、数十年前の洋楽が響き渡り、多くの客で賑わっていた。
暖かいお茶に3種類のサラダ、スープ、ライスが食べ放題で、お肉は焼き加減が選べるシステムだ。
お手頃価格で質の良い肉が食べられるとあって、最近話題を呼んでいるお店だ。
食べ放題システムを両国に置くのは如何なものかといらぬ心配をする明人をよそに、ケイはご飯とサラダをよそうのに夢中だ。もちろん大盛りで。
追加の600gをペロリと平らげたケイは、スープを冷や水代わりに飲んだ。
200gを食べ終えた明人は残りの冷水を一気飲みすると、思い出したかの様にケイに話した。
「そういえば俺、もしかしたら稲田さんに会ったことあるかも。いや、それかネットかテレビで観たことあるかも」
「は?何で?」
「稲田さん、宗教信者だよね?ほら、なんだっけ・・そうだ、
ケイは黙って聴いている。
「昔の中国を彷彿させるような真っ赤な衣装を着て、阿須蘭智久に仕えているような場面をどこかで見たかもしれないんだよね」
ケイの表情がだんだん険しくなり、明人はまずいことを言った気持ちになった。
「いや、似た人・・ただの勘違いかも」
「その場面、どこで見たか思い出せるか」
いつになくケイのまなざしが真剣だったため、軽い口調で話したことを少し後悔した。
「実は・・さっき稲田さんに会って眩暈がした際に、その場面が頭に浮かんだんだ」
――――――
真っ赤な衣装に身を包んだ悟は、自身で顔に化粧を施した。
今日は祭事の日であり、周囲は早朝から式の準備に追われていた。
悟は『選ばれし神の遣い』のため、衣装の着付けやその他身の回りの世話は下級の信者が全て行うしきたりとなっている。
衣装の着付けまでは下級の信者に任せたが、それ以外は自身でやると伝え、一人個室に閉じこもった。
化粧はこれまでの人生で縁のない技術だったが、『神の遣い』に昇進する日を見越して練習を重ねてきた。
白粉が基本の顔面に、丸くて小さな眉、そして目じりの延長を上向きに赤で描き、顔全体にほんのり影を付けていく。
何度も練習し、そのうち表情が読めないほどの『神の遣い』の顔を作り上げられるようになった。
これで、阿須蘭智久に接近した際に殺意めいた表情を濁すことができる。
首を掻っ切るまでは表情を読まれてはいけない。
そう自分に言い聞かせると、布の上に置かれた鋭利な刃物を見つめた。
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