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参議院議員の上矢は青森での講演活動を終えて、帰りの新幹線で駅弁を食べ終えたところだった。
いま食べたご当地弁当の撮影も含めて、今回の活動を記録した動画のチェックをした。
「これ、木曜日までに仕上げて」
秘書へデータ送信後、手元のPCに指さしをした。
「わかりました」
上矢はニコっと笑ってみせると、シートを倒して大きく背伸びをした。
大学時代から配信を始め、中世的な顔立ちで多くの女性ファンを得た。
そのルックスと、歯に衣着せぬ物言いが度々物議を醸し、その名を知らない世代でも、テレビやネットニュースで彼の存在を知っているという人は多い。
コメンテーターとして活動していたこともあるが、女性問題を記事で大きく取り上げられ、一時期はメディア活動を控えていた。
しかしその後、持ち前のキャラクターと知名度を活かし、参議院選挙へ初出馬で地元神奈川にて当選を果たした。
議員活動の傍ら、YouTube配信活動も頻繁に行っているが、動画編集は編集スキルを持つ2人の秘書におおかた任せている。
上矢のこの後の予定は、明日出演予定のニュース番組の打ち合わせ、そして講演会の報告を兼ねた藤田環境大臣との会食だ。
「上矢さん、これを見て頂きたいのですが・・・」
動画のデータを受け取った秘書が、怪訝な顔をして上矢を見る。
「なに?」
PCをのぞき込む上矢。
秘書が先ほど受け取った動画を一時停止し、拡大してみせた。
大勢の観衆の奥に見えるプラカードに、縦読みで「アナタヲコロス」と書いてあった。
――――――
国家総合事務局らの職員は、3日後に控えた上矢参議院議員の街頭演説に向けた調整会議に臨んでいた。
現在使用している会議室の窓からは、高層ビルと高層ビルの間に挟まれる形で森林公園が見える。
しかし、この会議室は日差しがきついという理由により、普段からブラインドを下ろしているためその景色は見えず、明人はそれを残念に思っていた。
後藤局長は、街頭演説の趣旨と当日の流れ、各配置場所の業務について話をしている。
入庁後さっそく外勤(要人の同行)業務の会議ということで、まだ業務の内容が腑に落ちていない明人は心に癒しを求めていた。
(はぁ、想像していたのと違う・・・)
全体会議が終わり、2つのチームに分かれた打ち合わせに切り替わると、話し合う声が滑らかな騒音へと変わり、室内の空気は一気に和らいだ。
この空間を作ったのは、退室した後藤のおかげである。
「明人と灯凜、お前たちは当日俺と動く」
明人たちの中で、聖沢班長はすでに特別枠に位置づけられているので、下の名前で呼ばれても驚かなかった。この人の事でいちいち驚いていたら身が持たない。
聖沢班長は、当日上矢参議院議員の後ろで待機する旨の説明をする。
「どうした?」
聖沢班長が灯凜に問いかける。
表情豊かな灯凜は、上矢議員に仕えると分かった途端、眉間に皺を寄せて話を聴いていた。
本人は隠しているつもりかもしれないが、あからさまだ。
「あの、可能であればの話なんですが・・・上矢議員と一対一になるような担当は避けて頂きたいです」
「知り合いか?」
「そうではありませんが、上矢議員と言えば女性問題があまりにも耐えないものですから・・・」
「上矢議員は気が強い女に興味はない」
灯凜の表情が歪んだ。
メディアが公表する歴代の女性は、華奢で小柄な、いわゆる“守ってあげたくなる女性”たちだ。
灯凜は身長170cmくらいで、性格も相まってハキハキした雰囲気を持つ。
一人でも生きていけます、と揶揄されてもおかしくない。
明人は聖沢の言葉に思わずうなずくと、灯凜の大きな目に睨まれた。
「身の回りの世話は秘書2人がやるから、ある程度距離をおいて待機して構わない」
当日の明人と灯凜は、上矢議員を囲むようにして待機し、聖沢班長は2人を把握できる位置での待機で話は決まった。
ケイは唐揚げを一口で頬張ると、白米も併せてかきこんだ。
本日のメニューは唐揚げ定食だ。いつもより多くの人で食堂が賑わっている。
ケイたちのチームは、演説会場の外堀にあたる配置らしい。
「お偉いさんが見えたら受付まで案内と、通行人への演説の説明やら何やらだとさ」
「私もそっちが良かった!」
灯凜が唐揚げにかぶりつく。聖沢班長のせいで態度が荒々しくなっている。
明日にでもパワハラ・セクハラ・モラハラで上司を訴えそうな灯凜を明人はなだめる。
「でも何で、選挙前で他にも参議院議員はいるのに上矢議員の演説にだけついて行く必要があるんだ?訳ありだろ絶対」
「もう少し外勤業務をこなしたら、詳細について聞けるような雰囲気になるんじゃないかな」
「聖沢班長にぃ?」
「おいおい、ずいぶんいらだってるなぁ」
豪快に笑うケイとイライラしている灯凜に、明人は思わず“静かに”の素振りをしてみせた。
ケイのチームは、今回副班長を務めることになった
上原は船の事件の際に、官房長官の滞在する部屋へ直談判のため出向いたことで、内閣府を飛び越えあらゆる省庁で有名になっていた。
何より端正な顔立ちとその顔を引き立てるミディアムヘアの容姿が噂を広め、女性陣をトリコにしている。
首藤もある意味で目立つ。身長が155cmくらいでかなり童顔だ。
上矢議員のパパラッチ経歴を鑑みて、首藤を聖沢のチームに組まなかったとすると納得がいく。
「演説会の業務で、実際に経験してみないと分からない雰囲気とか、場の緊張感とか、そんなのが味わえるんじゃねえの」
「まー、これも経験のうちよね。他の部署より特別な感じがするし、ありがたいと思うことにしとく」
そう言うと、灯凜はコップのウーロン茶を飲み干した。
――――――
18時35分になろうとしていた。
明人は、他の部署より残業が少ないと知った自身の部署に感謝しながら帰宅の準備をした。
厚生労働省の部署に所属する大学時代からの友人で同期の雄二は、初日からずっと残業をしているらしい。
前任から膨大な量の業務の引継ぎと補助金関係の急ぎの業務を並行して行っている、心が折れる、と近況を吐露するメッセージがあった。
「明人」
聖沢班長が机の前まで来た。
「お前、格闘かスポーツしているのか?」
「いえ、何もしていません。たまに登山するくらいです」
あまり無駄なことは話さないように心掛けた。
「銃は使ったことあるのか?」
「あの事件で初めて使用しました」
あの時は、聖沢班長が有事に備えて簡単にではあるが、丁寧に使い方を教えてくれていた。
(あれ?船の上で灯凜からこの件について質問された時、確か班長は近くで待機していてこの話を聞いていたはずだけどな?)
聖沢班長が静かにこちらを見ている。切れ長の目が怖くて明人は思わず目をそらした。
「・・・そうか。明日に備えて早く寝ろよ」
「はい、お疲れ様です」
聖沢班長は頷くと事務局を出て行った。
まったく読めない上司のせいで変な汗をかいた。
しかし、当初よりだいぶ彼に対する心構えは緩くなった。
それに、誰よりも真っ先に退庁するので、部下らはほぼ定時で帰宅しやすく、彼をありがたい存在だと思っている。
班長の退庁する後ろ姿を見届けながら、明人はなぜか班長とは旧知の仲であるかのような感覚にとらわれた。
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