2-1


アラーム音で起床し、残りのアラーム5個を停止した。

昨夜まで続いた軽い頭痛がまるで嘘のように、頭はすっきりしていた。


身支度を済ませた明人は軽快な足取りで駅へ向かい、国会議事堂前の改札を出たところで灯凜と遭遇した。


「おはよう。昨日はよく眠れたの?」

昨日の昼過ぎから顔色が良くなかった明人へ、灯凜は気遣うように声をかけた。

「うん、もう平気だよ。それより、昨日の説明会の件なんだけどさ・・・」

「それね!良かった―!私も言いたかったの。何ていうか、想像していた業務とかけ離れている気がするんだけど・・・。言いたいのって、そういう事だよね?」


明人は当初、灯凜の事を正義感が強く自分の信念を貫き通すタイプ、いわゆるとっつき難い性格だと思っていた。

しかし、出会って日はまだ浅いが表情豊かで親しみやすく、私情を交えた話ができる同期だと確信した。


初出勤日は、辞令交付と事務局内での副総理の挨拶、業務の説明会で一日が終わった。

大学時代にセミナーや説明会、官庁訪問にて内閣府における業務の情報を得ていたつもりだが、設立2年目の国家総合事務局に関しては、他の部署に比べ情報があまりにも少なく、配属先の想定から外していた。

灯凜も同じだった様で船の上の事件以降、ネット等で情報収集に躍起になったそうだ。


しかしお互い、国家総合事務局に関わる知り合いは皆無で、ほとんど情報を得られなかった。

というか、船の上で自分の配属先を知ることがなければ、初登庁日までこんなにモヤモヤすることはなかっただろうに。


聖沢班長がなぜその情報を得ていたのか、聖沢班長がどのような人物なのか、配属先の業務よりそっちの方が寧ろ気になっていた。

(いや、その前に内示前に知らせるとか、いやそれよりも銃所持して勝手に突入とかの時点で普通にアウトだよな)

先月の出来事を思い出し、明人は思わず頬が引きつる。

聖沢班長への疑問は山ほどあるが、話しかけることはできなかった。いや、正しくは近寄りがたくて避けていた。

直属の上司にあたるため、これから避けて通る事はできないだろうが。


2日目はまず、官房長官の挨拶で始まった。

官房長官の退室後に、事務局長の後藤ごとう正博まさひろ、班長の聖沢ひじりさわ舞郎まいろう猪山いのやま麗奈れいなやその他の職員、今年度採用の職員らメンバ-で業務説明が行われた。


午前中の業務説明で、説明を主に行ったのは局長の後藤だった。

内閣総理大臣をはじめ、副総理、大臣ら要人が外部対応する際の資料作成と、その要人の外部対応の際に同行し、サポートする業務がメインであることを、詳細を交えて話した。


概要説明の段階で、明人をはじめ同僚らは国家総合事務局の業務は、秘書に近い業務だと理解した。

しかし話が進むにつれ、要人に同行するため外勤の多い業務、いや、要人警護がメインに近い業務だと感じ始める。


懸念を払拭したいかの様な質問が、国家総務局に同じく配属された同期の上原うえはら陽臣はるおみより挙がる。


「あの、繰り返す様で大変恐縮ですが、私たちの業務内容は基本デスクワークで、官邸等で会見が行われた場合の外部対応では主に、想定外の質問の対応や急遽必要となった資料の入手・提供の対応にあたる、という認識で宜しいでしょうか」

同行の際の業務詳細について、答えを求める意味での質問だった。


「それも主な業務だ。外勤業務の際は、それ以外に要人らのそばに仕える」

後藤の回答から、同行の際の業務の核心を得ることはできなかった。


なぜ要人に仕える必要がある?それはSPや警護人の仕事では?内閣府と一言で言ってもその中身は複雑だ。

国のトップを支えるポジションなのだから、公にできない情報は多くあるだろう。

しかし、内閣府所属の職員となった今、業務に関連する事は全て話して欲しかった。

後藤の説明が腑に落ちないでいた。


「仕える際の業務内容はどういったものですか?」

上原が率直に問う。

「そこは臨機応変に待機だ。その場の空気に応じて動け」


昨日・今日の説明会で明人たちは、後藤局長は聡明で判断力に長ける、そして言葉のキツい上司だと理解した。

その後藤から、まさか“その場の空気に応じて動け”という回答が返ってくるとは思ってもみなかった。

この返しに、パワハラだと感じたものも多数いたが、それ以上誰も後藤に質問はできなかった。


総理大臣や大臣クラスに疑問を呈してはいけない。それ故の臨機応変という事か?

どうも濁している様にしか感じられない。



昼休憩後は、後藤に代わり補佐の金居から資料作成について詳しい説明が行われた。

午前中の後藤の説明に納得がいかなかったせいか、明人は心臓の鼓動と軽い片頭痛を覚えた。

頭痛を抑えるために少し目を閉じると、庁舎から少し歩いた場所にあるカフェテリアの窓際席が思い浮かんだ。


あの席は小雨が降ると、側にそびえ立つ大きな樹木と、それを両サイドから覆うようにして咲く藤の花から雨が滴り、一層景色が美しくなる。

(――疲れているから、脳がその景色を求めいているのかもしれない)

帰りに立ち寄ろうかなと思いながら、再び金居の話に耳を傾けた。



入庁3日目、昼食はケイと食堂で食べ、自己紹介を兼ねてたくさん話をした。

一ノ瀬いちのせケイ』年齢26歳。身長198センチ。父はアメリカ人。

中学までラグビーをしており、恵まれた体格と良く通る声が特徴だ。

防衛大学を卒業後陸上自衛隊となり、空挺部隊である“第1空挺団くうていだん”に所属していた。


しかし、上層部から国家総合事務局への異動の打診があり、給与と福利厚生の待遇が良かったため、数年間の条件付きで話にのったと言うことだ。

「新設した事務局の地盤づくりのためここに俺を呼んだらしい。普通じゃこんな異動ありえないよな」

そう話すとケイは豚汁を一気に飲み干した。

「何か俺って、事務局職員とは場違いな雰囲気だよな。まぁ気にしないけど」

あっけらかんとした性格のようだが、能力が秀でていたために、このような異動が特別にあったのだろうと明人は思った。


「隣座っていい?」

灯凜が同席し、先月の海の上での出来事に話は盛り上がる。

「こうやって、すっごい震えたんだから。ブレーカー落としただけなのに。その時2人はどんな感じだったんですか?」

笑顔の灯凜は、手が震える演技をする。ケイは引き続き、2人へ自身について話をした。


ここに来る前の詳細な業務内容は伏せつつ、2人に分かるように説明し、その話の流れで船の武器庫についても話した。

予め、自衛隊関係者より船内の武器庫の説明と、船内見学の機会があったことをケイは話した。


「船の上って、武器庫が常設されているものなんですか?」

「船全部を知るわけではないが、俺の把握している船は全部あったぞ」

ケイの仕事柄、把握する船全てに設けられていただけかもしれないので参考にはならなかった。

聖沢班長が昇降口の存在やそのほか船内を把握していたことは、業務柄妥当かもしれないという話で落ち着いた。


その後も話は絶えず、明人が話にストップをかけると3人は急いで仕事場に戻った。




――――――


局長の後藤は扉のそばに立つSPへ軽く頭を下げ、重厚な扉をノックした。

ドアを開けるとマイロと麗奈が、官房長官の席の近くで既に待機していた。


「お待たせしました」後藤は官房長官へ一礼した。

予定の時間より15分早かったが、官房長官は3人に向けて話し始めた。



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