韓紅に吹く風よ

「風! ヘデっ風がとても強いわ!!」


「そりゃ奔鳥カロフェンで吹っ飛ばしてるからねぇ!」


 精一杯まで見開いた瞳が風に吹かれて渇きを訴えている。けれどまばたきの間すら惜しくて、アレクシアは目に映る全てを焼きつけたかった。

 

 せわしなく左右に揺れる頭と体は、後ろから伸びる腕のおりとらわれている。手綱たづなを引く手がなければ、今頃全速力から放り投げられて地面にこすりつけられていたかもしれない。


 背から自身を包み込むヘデのぬくもりが、けらけらと揺れているのも気にとどめず、アレクシアはただ、ただ、目を輝かせていた。





「乗ってみる?」


 そう言われて手綱たづなを渡されたけれど、巨鳥に乗るのは簡単なことではなかった。


 奔鳥。

 それは、デュウォル王国の狩人かりうどにとってなくてはならない狩りの相棒だ。


 身の丈ほどの巨躯きよく颯爽さっそうと地を駆ける強靭きようじんな足を持つ鳥は、狩人かりうどを背に乗せ、険しい野山を縦横無尽じゆうおうむじんに駆け巡る。生活の助けになるだけではない。色鮮やかな冠羽を有しており、抜け落ちたそれは日々をいろどる装飾に用いられている。


 腰を下ろしてもなおアレクシアの目の高さにくちばしがある。

 くらあぶみがつけられ、ヘデが補助台を用意してくれたといえど、初めて見た生き物に乗るのはどうにもかなわなかった。


「……ちょっと、難しいわ」


「ははっ奮励心はもう一人前だね」


 手本見せるよ、とヘデと場所を入れ替わる。


 つややかな羽根をでつけ、ヘデはあぶみに片足を差し込む。そうして、風に溶けたようにふわりと体が持ち上がり、須臾しゆゆの間には奔鳥の背にまたがっていた。華麗な動きに目を奪われていると、ヘデが片手を手綱たづなから外した。


「さ、どうぞ」


 手が差し出される。アレクシアと同じくらいの手。

 日に焼け、指の付け根やてのひらにいくつもの胼胝たこが刻まれている、働き者の手。


 その手を取れば引き上げられ、アレクシアはヘデの腕の中に収まった。かかとで軽く腹をたたかれた奔鳥が立ち上がれば、先ほどまで足を着けていた地面がはるか遠くにいってしまった。


 と、と、と。


 ゆっくりと地を踏みしめていた趾が徐々に速度を増していく。露店の並んだ大通りを抜け、王都を囲う城壁を超え、アレクシアは生まれて初めての郊外へ飛び出た。


 奔鳥の鋭いくちばしが風壁を裂き、強風が真正面からアレクシアたちを襲うことはない。それでもびゅうびゅうと轟音ごうおんに声はされ、出したこともない大声を出さねば会話が成り立たない。


 大地を蹴る衝撃に身を揺らし、畑中を駆けて行く。

 しばらく進むと、耕地がきっちりと途切れている。何かと思う間もなくその線を越え、振り向いてそれが結界の境界だったのだと思い至った。


「ここまでが、結界の範囲なのね……」


 王都は円蓋えんがいの膜に覆われている。

 虹を溶かしたような彩がゆらゆらと揺らめいている。

 遠ざかるにつれ、揺蕩たゆたう銀幕はっきりと視認した。


「そう。その範囲の認識は重要だよ。何に追われてもここまで逃げ込めれば安心だからね。まあ、耕地がぎりぎりまで広がってるからわかりやすいでしょ?」


 結界は魔物の侵入を拒絶する。ゆえに魔物の巣窟そうくつであっても王都に、結界の中にさえ居れば安全は保障されている。王都のさらに外、三つの開拓拠点では高く分厚い城壁があると聞く。


 ヘデの言葉にうなずいて、前に向き直る。森はすぐそこに迫っていた。

 頭上の木々はまだ緑をつけているが、足元の草花は色をなくして、茶色い地面がしになっていた。落ちた果実を拾いにやってきた小栗鼠こりすの影がちらつき、どこか遠くから鳥たちのさえずりが聞こえる。

 吹き抜ける木枯らしが首をくすぐり、ふるりと体を震わせる。


「あぁ、寒かった? もう少しくっついていようか」


 そう言って、手綱たづなつかんでいた手が一つ外れて腹に回る。肩に顎を寄せられ、ヘデの声が直接耳に吹きこまれる。くすぐったくって身をねじった。けれど、伝わる熱に震えが溶ける。


「あったかい……」


「そりゃよかった。子供体温ってよく湯たんぽにされるんだよ」


「じゃあ、これから大活躍ね」


 友達のような気安い軽口が楽しい。

 風を切って走って、揺られていればヘデが奔鳥を止めた。


 さっと降りたヘデに次いでくらを降り、少しだけしか離れただけの、すでに懐かしい地面に蹌踉そうろうとした。さっと腕を取られ、そのまま連れられるまま歩いた先。視界を覆うつたを抜けた先には、王都を一望できる崖の先があった。


「ここ、綺麗きれいでしょ? たまぁに来てるんだ」


 宝箱を開けて中に詰まった思い出を語る子供のような声色こわいろが、アレクシアの耳をすり抜けていく。


 声も出なかった。

 人なんて点のようで、どれもこれも区別がつかない。けれど、通りをうごめき、街にあふれる彼らの質感をアレクシアはもう知っている。

 いつも街を見下ろしていた、王宮も眼下にある。

 自分がいつもいた、庭園すら。


 こんなにも遠くに来れてしまった・・・・・・・


 そんな思いが、心を支配してやまない。


「――っねぇ、あそこに珠角羚ユヴィレいるの見える?」


 腕を引かれ、物思いから浮上する。


 目の前の、少し焦ったようにけれど痛みがないように優しく腕をつかむヘデに首をかしげつつ、差し指の先を追う。

 崖の下、渓流のそば。そこにいたのは、暖かな小麦色をまとった鹿だった。遠目では大きさがよくわからない。成獣か、幼獣か。頭の両側から生える角は幾重にも分かたれ、きらりと光るものが生っていた。


「あれが、珠角羚というの?」


「そう! 多分群れかられちゃったんだろうね。

 若いし、いいお土産になるかも」


 そう言って、ヘデはするりと背に担いでいた弓を持った。黒ずんだ細木がしなやかな弧を描いている。両端を結ぶ強く張られた弓弦ゆづるを弾けば澄んだ音が鳴る。


 これできっと狩りをしているのだろうと簡単に思えるほど彼女に馴染なじんでいる。初めて見る狩りをぼんやりと待っていたら、弓を手に握らされた。


「私!?」


「しぃ~、静かに。大丈夫大丈夫、ちゃんと教えてあげるから」


 いい笑顔で、ぱちりと星を出すように片目を閉じる先輩狩人かりうどに、おずおずと弓を受け取る。想像よりもずっと重い。手の内に収まった弓をしげしげと眺めた。


「……弓なんて、一度の扱ったことないのだけれど、いいの?」


狩人かりうどなるんでしょ? 誰だって〝初めて〟はあるよ。失敗したっていいの!

 ま、もちろん当たった方がいいけどね!」


 不安は軽く笑い飛ばされた。


 水浴びしている珠角羚に正対する。

 ヘデが後ろに立ち、手を取られた。毛羽立つ弓柄ゆづかを握り、矢筈やはずを弦につがえる。重ねられた手からじわじわと熱が伝わってくる。

 力いっぱい弓を引き、もう指を離せば矢が放てるといったところで、ヘデが離れて行った。


 姿勢を保つの精一杯なのに、ヘデはさらに言葉を重ねた。


「気を静めて、やじりに集中して。ゆっくり、じんわりそこに全てが集まるように」


 じわりじわりと、体内から魔力が流れていく。腹から腕を手を伝い、矢の先へ。

 ヘデの呼吸も、風のささめきも、水のせせらぎもはる彼方かなたへ。


 思考が抜け落ちるような感覚がする。

 ただただ、的だけが視界にあって。珠角羚のつややかな真黒な目が近くに見えた。





 とさり





 いつの間にか右手は矢から離れていた。放たれた矢は寸分も違わず珠角羚の頭を射抜き、ふらつく間もなく体を地面に横たえた。


 弓手ゆんでは時を忘れたように空にとどまる。

 吐いた息の荒さに、やっと息を止めていたことに気づいた。


 ゆっくりと弓を下ろし、後ろを振り向けば、飛び込んできたヘデの勢いに負け、倒れ込んだ。抱き合ったまま地面を転がって、土塗れになったけれど、ヘデと顔を見合わせれば思わず笑ってしまう。


 ああ、よかった。







 が山際に落ちていく。


「あっ! やば、不味まずくなる!!」


「え、え、何が?」


「肉だよ! 早く血抜きしないと!」


 泥にまみれてはしゃぎあっていたけれど、射抜いた珠角羚ユヴェレを放置していてはまずいと急いで川に運び、血抜きをした。見様見真似みようみまねで大まかに解体し、小分けにした肉を袋に包んで担ぐ。


「はい! 戦利品!!」


 そう言って渡されたのは、角に生ったままのいくつもの宝石だった。

 思わず受け取ったそれを、落ちかけの太に透かして見る。


 ずんぐりとした瑞々みずみずしい青や緑の六角柱。中に入った泡が陽光を取り込んできらめく。形は不揃ふぞろいで統一感などないのに、どうしてか、見覚えがあった。


 あぁそうだ、王冠や首飾りに使われていた。こうやって採れたものだったのか、と納得してうなずいた。


ほうけてないで帰るよ! 門閉まっちゃう」


 手を引かれ、つたの向こう側で枯れ木につながれていた奔鳥カロフェンに再度乗り込み走らせる。

 二度目の騎乗はもたつきながらも一人でできた。揺られ、来た道を帰っていく。帰りは下り坂だからか、来たときよりも早く進んでいるような気がする。


「帰ったら、協会で買い取ってもらえるからさ。狩人かりうど一日目にして初狩り成功させたなんて自慢になるよ! 魔法も使えるとか珍しいし、有望!」


「でも、きっともう一回はできないわ。次は当たらないかも」


「いいのいいの! まぐれでもなんでも今回当たったのは変わらないんだから! それになんだかんだアリィは次も成功させそうな気がするなぁ」


 そうかしら、とつぶやいた声は風にさらわれ消えていく。


 今にも閉まりかける門を慌てて潜り、協会へと向かう。奔鳥も街に入ってから速度を落とした。足跡をわずかに刻みながらみち地を進んでいく。気持ちはふわふわと高揚していた。


 何かを忘れているような気もしたが、心地の良い揺れと初めての友人との冒険によって疲れていたアレクシアの思考から抜け落ちていた。




 そうして、協会へ辿たどいた。

 痛いほどの冷気の漂う、協会へ。


「あ、やば」






 協会の入り口。苔生こけむつたう階段の前に立っていたのは、妙齢の女性だった。黒くあでやかな羽色ばいろの髪を高く結い上げ、切れ長に細められた瞳はてついている。表情の一切が抜け落ちていた。りんと整った顔立ちに柔さはなく、嵐の前の静けさのような沈黙を周囲に押し付けていた。


 仁王立つ彼女を見て、ヘデは素早く足元に座り、こうべを垂れた。女性が誰かわからないけれど、なぜヘデが座り込んだのも分からなかったけれど、アレクシアは彼女の真似をした。


「……怒ったミネテさんほんとに怖いから神妙な顔して」


 そっとささやかれた言葉にうなずき、神妙な顔をする。

 これから何が起こるのだろうか。


「よぉく分かってんじゃないの」


 頭上から表面上冷めた、けれど奥底にどろどろとした炎が燃え上がるような声が降ってきた。その声に座っていながら体が跳ねる。


「ねぇ、ヘデ。私はあんたがもっと賢いと思ってたよ」

「新人の教育もよくやってくれてたからね」

「不安定だった結界も最近落ち着いて来た」

「何も心配はいらないって」

「それがなんだい?

 登録も終わっていない酔った新人をつれてこんな時間まで狩り?」

「どれだけ危険なことか分からないわけじゃないだろう?」


「えぇ?」


 畳みかけられる言葉の数々にヘデの頭がどんどん下がって地面に近づいていく。つい先程ではあれど仲良くなった友がの刃に容赦なく切り裂かれていくのを見ていられなくて、アレクシアは思わず彼女の前に出た。


「あ、あの……わたしが行きたいと言ったの……だから」


「あぁ」


 どうにかかばおうとアレクシアが言葉を挟めば、言葉の連撃が止まって、

 ――矛先がアレクシアに向いた。


「あんたもあんたさ。狩人かりうど協会が新人を登録する理由も分かってないのに、狩りに行ってんじゃないよ」

「一撃で仕とどめた? だからなんだってんだ」

「技量があろうが心持ちがなってないね」

「身の程が分かってない馬鹿の功績なんざ蛮勇だね」


 組んだ腕をたたくミネテの指は早い。

 熱も色もない瞳。冷え切った視線に喉が締まる。出そうとした声は喉にへばりついて吐き出せない。じわり、視界がゆがんでいく。


「ア、アリィは悪くない! あたしが行くかって誘ったんだ!」


「そうさ、お前が悪い。流されたアリィも悪い」


 アレクシアを背にかばったヘデも撃沈した。

 びりびりと震える空気に、ついに涙がこぼれる。周りの音が遠くなり、吐く息の荒さだけが耳に響く。


 怖い、怖い。

 この人はどうして怒っているの。


 言葉は口から出てこない。ミネテの冷淡な瞳が柔な心を凍らせ砕く。

 怒られたことがなかった。いつも温かい言葉に包まれていた。初めて触れる怒りに、ただ身を震わせることしかできない。座りこむ地面が揺れている。


 弓を引いたときのあの高揚が、遠い過去のことのように思える。初めて外に出て、風を感じて、心から褒められた。胸の内が熱くなり、何もかもが輝いて見えたのに、その喜びが今、地の底へと沈んでいくのが分かる。 


 弱り果てた二人の様子を見てか、ミネテがいきをついた。  


「――無事で良かったよ、ほんとに。怪我けがはないんだろう?」


 ふわり、と抱きしめられる。

 柔らかなぬくもりに包まれ、蜜の匂いが鼻腔びこうくすぐる。

 ミネテの語尾が少しだけ震えていた。鼻がつんとして、目頭が熱くなる。  


「……してない」


「あたしも……」


「そうか、なら入りな。アリィ、あんたは早いとこあいつ安心させてやりな」


 ばっと顔を上げる。

 アレクシアには、ミネテの言っているだろう〝あいつ〟がすぐにわかった。

 しびれた足で立ち上がり倒れそうになった体をヘデに支えられ、ミネテの脇を抜けて協会内部に急ぐ。


「やんちゃな新人のお帰りだ!」「初日から無茶むちやしたなぁ」「久々にやらかしたなヘデ!」「どんなのったんだ?」


 早く抜けていきたいのに、野次馬やじうまに阻まれる。

 肩や頭をたたかれながら、ひとごみをけていく。ひとにまれ、どこに行けばいいのか、どちらへ行けば会えるのか分からなくなる。闇雲に進んでいると、不意に誰かに背を押された。


 つんのめり、風に吹かれた木の葉のように蹌踉よろめいて、誰かに受けとめられた。

 自分を抱きとめたその体温に、アレクシアは覚えがあった。


 ジルドだ。よかった。そう思って顔をあげようとして、――あげられなかった。

 ミネテのように怒っていたらどうしよう。


 初めて触れた怒りに気付けづいた。


 ジルドにまで失望されたらどうしよう。見捨てられたらどうしよう。


 おびえが喉を駆け上がって、ぴくりとも動けない。

 頭上から、ジルドが口を開く気配がして、力強くぎゅっと目をつぶった。 


「あなたが無事でよかった」


「――え?」


 柔く優しい、いつも通りの声が降ってきて、ぐるぐると終わりなく渦を巻いていた思考もどこかへいった。

 思わず伏せていた顔を上げる。そこには幻滅も嫌悪けんおも浮かんでいなかった。


怪我けがはないご様子ですが、痛みもありませんか? 気分が如何どうですか?」


「怒って、いないの……?」


「御身に何かあったらと心配は致しました。けれど、怒るなどと」


 不安を軽く吹き飛ばすように笑うジルドに、肩の力が抜ける。安心した途端、体が鉛のように重く感じる。崩れ落ちそうになった体をしっかりと抱えられほおが赤くなるのが、自分でも分かった。


「ひゅー! 嬢ちゃん帰ってきてよかったな坊主!」


「嬢ちゃんのこと心配していろいろ手についてなかったもんなぁ?」


「えぇ、大事な方ですから」


 口笛と共にはやてられるも、ジルドは常と変わらぬ笑顔でかわしていく。芯を失ったふにゃふにゃの体。ジルドの肩に手を回して、協会を出る。扉を潜る寸前、視界に入ったヘデはにやにやと楽しそうに笑っていた。


「家を借りてあります。明日もありますし、お早くお休みください」


「わ、わかりました。ジルドもおやすみなさい」


 ぱたりと扉の閉じる音が、いやに響いた。



***



 アレクシアが疲れ果てた様子で部屋に入って行くのを確認したジルドは、長い間貼り付けていた笑みをようやく消した。張り詰めていた緊張が途切れた瞬間、彼の端正な顔はゆがみ、隠し通してきた苛立いらだちが一気に噴き出した。


「はぁ、最悪だ。しよぱなから散々だ……」


 どかりと乱暴に椅子に体を投げ出し、天井を仰ぐ。そこには先程までの朗らかな雰囲気は一切残っていなかった。半眼は冷ややかで、薄い唇から不満をはらんだ鋭い舌打ちが漏れる。部屋に響いたその音は、孤独な空間をさらに重苦しくした。


「協会に席だけ入れて動くつもりだったってのに、これじゃ本格的に活動しなきゃならないじゃないか」


 ジルドは机に伸ばした指先でしやくに障るかのように机をたたいた。

 勝手なことをしやがって。その言葉が喉の奥でこぼれそうになる。だが、口にすることはしない。それはアレクシアへの思いやりなどでは微塵みじんもない。


「大体、宝物庫に保管されるような国宝を箱入りの王女が探せるわけないだろ……こんなのままごと以外の何だって言うんだ。

 いや、いい。茶番なら茶番で演じてやるさ」


 皮肉げな笑みがその顔に浮かぶ。


「殿下……いや、王佐閣下に有能だと見せつけられれば、もっと出世できる。こんな事件、さっさと解決して王宮に戻るに限る」


 王女の側付きとなり、国の最高権力者に名も顔を覚えられていた。楽師としてしか出仕できなかったが、これを機に文官職を得られるかもしれない。

 ジルド机の上に置かれた水を少し飲んだ。そして、立ち上がり鏡の前に向かう。自分の顔の半分を占める眼帯が忌ま忌ましい。この下に隠した傷さえなければと、思わない日はない。


 それでも、鏡にはアレクシアや他の狩人かりうどたちに見せた、慈悲深く、甘やかな笑みが浮かんでいた。


「そういえば……美しいというだけで逸話もないものを戴冠式に使うのか?

 王家の趣味はわからん」


 ぽつりとつぶやき、ジルドは自室へと向かった。

 草木も寝静まる夜。差し込む双月の光が鋭く差し込んでいた。

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