第9話 ブーム
なんだ? 相川に続いてまた1年から告白されたぞ?
「えっと……」
「あ、私長谷川 沙江って言います。1年A組で……」
「お、おう」
相川の時と同じく、長谷川と名乗った女子が私に告白してきた。
でも相川と違ってこの場で告白。
っつーか手紙くれたのは星原って名前だったよな……その子とは違うんかい。
「あの、それで……」
「あー……ごめん、私好きな人が居るんだ」
「……え?」
私がそう言うと、長谷川は目を大きく見開いて固まった。
「そ、そうなんですか……?」
「うん。だからごめん」
「分かり、ました……ごめんなさいっ」
妙に演技掛かった様子で涙を浮かべながら走り去る。
その後ろ姿をぼんやり見つめてから、私は首を傾げた。
「何が起きてんだ……今朝もラブレター貰ったし」
「あら、もしかして知らないの?」
「んん? そういう芳川は何か知ってんの?」
「今1年の間でひっそりとブームになってるのよ? 女子同士のヒ・メ・ゴ・ト……がね」
「はぁ? なんだそりゃ」
「そのままの意味よ、火付け役さん?」
「火付け……私が?」
「まぁ、正確には貴女に告白した相川ちゃんだけどね。
女子校ならいざ知らず、共学のこの学校で女子が女子に告白したとあらば、ねぇ?
地味で目立たない存在だった相川ちゃんがちょっとした有名人になっていたわ」
「はー……そんなんになってんのか……」
「しかも、根掘り葉掘り聞いたもんだから貴女に惚れたエピソードも広まってる。
イジメられていたあの子を助けた王子様……そんな貴女を堕としたい子は沢山居るのよ」
「それって要は話題の人と付き合って注目されたいだけだろ?
バッグに付けてる人気キャラのキーホルダーと同じだ」
「クスクス……♪ そんなキャラクター人気のままブームが終わると良いわね?」
「な、なんだよ……」
芳川が嫌らしい笑みを浮かべながら、人差し指を立てながら、いい事? と前置きして……
「人は建前を好む生き物よ」
「うん?」
「目立ちたいから櫻井 銀子に告白したい……本心でそう思っていても、周りからは…そして自分自身でさえもそうは思いたくない、思われたくない。
だから必死に、或いは無意識に思い込もうとするのよ。
『私は桜井 銀子が好きだから告白するのよ』ってね。
そして、その建前はやがて本音になり得る。
そうなったら……ふふ、面白い事になりそうね?」
「勘弁してくれ……」
「ま、どれも可能性の話よ。そもそも人の目や意識なんて取るに足らない物だもの。
さぁ、つまらないお話はこれで終わり! 塁ちゃんの朝オヤツを用意しなくちゃ!」
パンッ、と手を鳴らして芳川は踵を返した。
バッグから取り出したのはメロンパン。まさか自分で焼いたのか?
「どうぞ、塁ちゃん♡」
「あんがと」
芳川からメロンパンを受け取った塁はテコテコと歩いて私の膝の上に腰を下ろした。
「おい……」
「んぇ?」
「いや……」
「おーおー、今日はやけに甘えん坊だねー?」
「そんな塁ちゃんも可愛い……♡」
いや……
いやいやいや!?
寝惚けてる時ならいざ知らず、シャッキリ目が覚めてる状態でこんな分かりやすく甘えてきた事無いだろっ!?
側から見たらそうなっても可笑しくない程私と塁の距離が近くて、塁がそういう甘え方をしそうな程ガキっぽいのは確かだ。
貴子と芳川が違和感なくこの光景を受け入れているのも仕方のない事だ。
でも、塁の甘え方はあくまでヤンチャ方面だ。
生意気で、子供扱いにムキーって怒って、それが許される見た目と性格で、だから本人もそういう風に振る舞っている。
少なくとも、こんなベッタベタな甘え方はしない筈だ。
なんだ? 私の事を怖がって、それが昨日払拭されたから距離感バグっちまったのか?
「んぁ?」
「……」
視線を感じたのか塁がメロンパンに齧り付きながら見上げてきた。
……何だかバツが悪くて目を逸らした。
それにしても……可愛いな、くそ。
※※※※※
「じゃ、行ってくる」
「どーせ目立ちたいだけなんだろ? 放っとこーぜ」
「そういう訳にもいかねーだろ」
えー! とむくれる塁を宥めながら校舎裏に向かう。
ラブレターを送ってきた星原とやらに断りの返事をしないといけない。
塁とその頭を撫でる芳川に見送られながら(貴子は部活に行った)教室を出た。
「だからアンタの気持ちには応えられない。……ごめん」
「……はい」
星原は泣いてはいない。
でも、絞り出したような声と堪えるような仕草は見てるこっちまで胸が痛んだ。
これじゃあまるで本当に私に恋してるみたいじゃないか。
最初からそうだったのか、それとも芳川の言う通り思い込みからの本音化だったのかは分からないけど……
「じゃ、これで……」
「……待って」
そう言って私の袖を弱々しく掴む星原。
その顔は今にも泣き崩れそうだ。
私は無言で続きを待つ。
すると、意を決したように彼女は口を開いた。
「……最後に1つだけいいですか?」
「? ああ」
「銀子先輩の好きな人って……塁先輩ですか……?」
「……秘密」
「……はい」
図星、ではあるけどそれを態々白状して塁に迷惑を掛ける意味も無い。
今の受け答えでバレちまってるかもしれないけど……
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