第5話 告白


「……はい? え、高崎先輩から?」


「あ、いや。高崎先輩のねーちゃん。

キックボクシングやってるらしいんだけど地元じゃ相手になる奴居ないから手合わせしてやってくれって」


「おー、良いじゃん。付き合ってあげたら?」


「いや無理だろ。私デカいだけで格闘技は素人だぞ。相手になんねーって」


「デカけりゃ強いってゆーじゃん」


「デカさもそんなに差ぁ無いってさ」


「えー、ギン並にデカい女ってそうそう居ないよ? 190ぐらいあるっしょ?」


「そんなにねーよ! 貴子のちょい上ぐらいだって。

アレだろ? 塁が隣に居るから余計にデカく見えるだけ」


「マジで? ちょ、並んで並んで」


「ほい」


「……マジだ。うわー目の錯覚こわー」


「な? まぁ、脇道に逸れたけど……要は告白なんかされてないって事」


「なーんだつまんない。よーやくギンにも春が来たと思ったのに」


「今ん所は恋愛する気はねーし。そもそも私に告白する奴なんて居ねーよ」



そこまで言って漸く甘酸っぱい空気が消え去った。

塁もクッキー食いを再開したのか、サクサク音が再び教室に響く。



「さ、櫻井先輩……!」


「……うん?」



そんな折、背後から声を掛けられた。

櫻井、なんて呼ばれる事が滅多に無いから反応が遅れてしまった。

先輩って言ってたし、リボンの色からして1年で間違いないだろう。



「私になんか用?」


「あ、その……私1年の相川 美香って言います。その、あの……」


「うん?」



1年が私に態々何の用だ?と首を傾げる。

すると相川は意を決したかの様に口をくっと引き締めた。



「う、受け取ってくださいっ!」



差し出されたのは可愛らしい封筒。

チラリと見えた差出人の部分には相川の名前。

そして『櫻井先輩へ』とあれば……まぁ、十中八九ラブレターの類だろう。



「ほ、放課後の校舎裏でお返事待ってます! 失礼しましたっ!」


「あ、ちょっと待っ……行っちまった……」



渡された封筒を手に持ったまま私は呆然と立ち尽くす。

嬉しいかと聞かれればそれもまぁ、嬉しくはあるんだけどそれ以上に戸惑いの方が強い。



「なんで私に……つーかなんで今……?」


「ギンに惚れた理由は手紙に書いてない?

今渡した理由は……いつも塁と一緒に居るからギンが1人になるタイミングって基本無いし。

だったら早い方が良いって思ったんじゃない?」


「そうかぁ……取り敢えず手紙見てくるわ」


「いてらー」



何はともあれ私の為に書いてくれた手紙だ。

人目に映らない場所で見た方が良いだろう。……トイレで良いか。



「なになに……」



手紙には自己紹介や身の上。そして惚れた理由が書かれていた。

曰く、気が弱くクラスメイトにイジメに近いような事をされていた事。

そんなある日、それを通り掛かった私に助けられて好きになった事。

塁と仲が良い事は承知の上で、それでも自分の想いをどうしても伝えたかったと書かれていた。

そして最後に、好きです付き合ってください、で締め括られている。



「マジかぁ……」



正直相川の事はこの時まで忘れていた。

助けた、と書かれていて「あぁ、あの時の……」って漸く思い出したぐらいだ。


別に大した事はしていない。

寧ろそういう面倒事には関わりたくないタイプだ。

だけど、塁は違う。

見た目も中身もガキっぽいアイツはこの年齢になっても未だにガキ特有の正義感を持っている。

だから……相川の件も先に突っ込もうとしたのは隣に居た塁だ。

私は塁に危険が及ばないように先んじて声を掛けて……それに向こうが勝手にビビっただけだ。


確かに相川は気弱な所はあっても真面目な良い子なんだろう。

容姿も小柄で守ってあげたくなる……みたいな。

だけど、それでも私が好きなのは馬鹿で生意気で子供っぽい塁だ。


相川の事を好きか嫌いかで聞かれれば好きな部類に入るんだろうが、それはきっと『LOVE』じゃなくて『LIKE』だ。

だから恋愛対象としては見る事が出来ない。



「難儀な奴に惚れちまったな、私も相川も……」



思わず深い溜め息を吐いた。



※※※※※



「ギン、帰るぞ! 昨日の続きだ!」


「あー、悪い。手紙の返事しねぇと」


「……そうだったな」



放課後、いつものように声を掛けてきた。

いつもなら私も一緒に帰るけど、今日はそういう訳にもいかない。



「手紙って……朝に貰った奴?」


「あぁ。放課後の校舎裏で待ってるってよ」


「……行くの?」


「……まぁ、折角くれたんだし……行かないと失礼だろ」


「ふーん……」



塁は不機嫌そうに鼻を鳴らしてそっぽを向く。

これは……どんな感情だ? ヤキモチか?

親友が自分以外の誰かを優先した事による嫉妬なのか、単に遊ぶ時間が減るのが嫌なのか。

……我ながら情けない事に、こうしていつも通りに遊びに誘われてしホッしている自分が居る。

とは言え、返事はしないといけない。



「先に帰ってて良いぞ。そんなに時間かかんねーと思うし」


「受けんの? 告白」


「いや、断る。あの子はそういう対象には見れないし」


「そっか。……じゃ、待ってる。泣かせんなよ! ただでさえ怖えーんだから」


「うるせー。でも、うん。分かった」




校舎裏。

既に待っていた相川に断りの旨を伝える。



「そう、ですか」


「ごめんって言うのも違うんだろうけど……それでも恋愛対象には、な」


「いえ、良いんです。分かってましたから。

ただ、自分の気持ちを伝えたかっただけですし」


「そっか……なら良いんだけど」


「……最後に1つだけ聞いても良いですか?」


「ん? あぁ、うん。答えられる事なら」



相川が居ずまいを正す。

その表情は真剣で……そして今にも泣き出しそうだ。



「勝手に、好きで居続けて良いですか?

もう一度告白しようだとか、お友達からお願いしますだとか……そんな事は言いませんから」


「それなら、まぁ、うん」


「ふふ、ありがとうございますっ!」



相川はそう言って深々と頭を下げた。

そして暫くしてから頭を上げて、最後に目元を拭うと「失礼します」と頭を下げて校舎裏を後にした。

……結局泣かせちまったな。

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