第34話

 玲奈先輩の冷気の嵐が再び俺たちに襲いかかる中、突然、遠くから仲間たちの声が聞こえてきた。鬼月や夕凪が、俺たちを助けるために駆けつけてくれたのだ。


「拓真!真!私たちも一緒に戦うわ!」


 鬼月が力強く叫び、夕凪もその隣で頷いていた。彼らの登場に、俺の心に再び力が湧き上がった。皆の力を合わせれば、きっと玲奈先輩を止めることができるはずだ。


「みんな……!」


 俺たちは互いに頷き合い、全員で玲奈先輩に向かって攻撃を仕掛けた。氷結の冷気が激しくぶつかり合う中で、俺たちの熱意と意志が、彼女の力を少しずつ押し返していく。


「これが……あなたたちの答えなのね」


 氷結先輩は呟きながらも、冷たい微笑を浮かべた。しかし、次第に彼女の防御が崩れ始めていた。


「いま……!」


 俺たちは全員で力を合わせ、最後の渾身の一撃を彼女に放った。凍りついた空気が弾け、光と冷気がぶつかり合い、やがて氷結先輩は力尽きてその場に倒れ込んだ。


「玲奈先輩……」


 俺はそっと彼女に近づき、冷たい氷の残骸の中から彼女の手を取り、深く息をついた。


「拓真……」


 玲奈先輩が微かに目を開き、冷たい瞳で俺を見つめた。そして、彼女の最後の力が俺に流れ込み、氷の力を手に入れる瞬間を感じた。


 しかし、その力が闇の一部であることを理解した俺は、手に入れた力の代償と危険性を痛感した。


 玲奈先輩の力が俺の中に流れ込む瞬間、全身に冷たい感覚が走り抜けた。それはただの冷気ではなく、まるで闇そのものが俺の体に染み渡っていくような錯覚を覚える。彼女の力を受け入れるたびに、何かが変わっていくのを感じた。


「拓真……その力は……危険だ」


 真が俺を心配そうに見つめ、険しい表情を浮かべている。俺もそれが分かっていた。玲奈先輩の力――それは、ただ強大な魔法ではなく、闇そのものに染まった力だ。


 玲奈先輩の氷の力は、まるで凍りついた感情のように冷酷で、触れる者を凍てつかせる。だが、その冷たさの奥底には、彼女が闇に堕ちた理由や、力を求め続けた苦しみが刻まれている気がした。


「玲奈先輩……なぜ、こんなにも強さを求めたんですか?」


 思わず口に出してしまった俺の問いかけに、玲奈先輩はかすかに微笑みを浮かべた。その笑みは、かつての彼女が持っていた優しさを思い起こさせるもので、ほんの少しだけ悲しげでもあった。


「強さを求めた理由なんて、誰にだってあるわ。拓真……あなたもいずれ、それがわかる時が来る」


 その言葉と共に、彼女の意識は遠のいていった。俺は玲奈先輩が完全に消えてしまうのを感じながら、彼女が残した最後の力を胸に刻んだ。


 周囲を見渡すと、仲間たちも疲労しきった表情を浮かべている。俺たちは全員が一丸となって戦ったが、その代償もまた大きかった。玲奈先輩が残した闇の力を受け継いだことで、俺自身が変わってしまうのではないかという恐怖が胸を締め付ける。


「拓真、大丈夫か?無理するなよ」


 真が俺の肩に手を置き、心配そうに声をかけてきた。その優しさに救われるような気持ちがして、俺は小さく頷いた。


「……ああ、ありがとう。俺、まだ大丈夫だよ」


 そう言いながらも、自分の中に眠る冷たさと闇にどこか怯えている自分がいた。この力をどう扱うべきなのか、どうすれば玲奈先輩のように完全に闇に囚われることなく使いこなせるのか、答えは見つからないままだった。


 封魔学園に戻ると、討伐隊のメンバーが俺たちを出迎えてくれた。玲奈先輩の件が解決したことを知り、皆が安堵の表情を浮かべていたが、俺の胸にはどこか虚無感が広がっていた。



 数日が経ち、俺は新しい力――玲奈先輩が遺した氷の力を学び始めた。仲間たちとともに訓練を重ね、その力がいかに強大であるかを実感するたびに、自分がこの力を手にした理由を問い続けた。


「拓真、最近、また少し暗い顔をしてるな」


 真が不意に声をかけてきた。彼は俺がこの力に囚われないように、常に気にかけてくれている。俺は彼に向かって微笑み、少しだけ力強く頷いた。


「ありがとう、真。俺、もう少し自分と向き合ってみるよ。この力が何のためにあるのか……自分なりに考えてみる」


 玲奈先輩の言葉を胸に、俺はこの力を自分の中で消化し、使いこなすための道を模索する決意を固めた。そして、その道の先に、彼女が見た光景や抱えていた思いが見えてくるかもしれない。


 だが、俺は決して玲奈先輩のように闇に堕ちるつもりはなかった。彼女が最後に見せた微笑み――それが、彼女の中に残された人間らしさの証だったのだから。


 玲奈先輩が残した力を使いこなそうとする日々が続く中で、俺は少しずつ、その力の持つ冷たさと重さを感じ始めていた。氷の魔力はまるで生き物のように俺の中に根を張り、少しでも油断すれば全身が凍りつくような錯覚に襲われることがあった。


 その感覚に囚われるたび、俺は玲奈先輩がどれほどの覚悟でこの力を受け入れたのかを考えずにはいられなかった。彼女がどれほどの苦しみや闇を抱え、それを力に変えてきたのか——今になってやっと少しだけ理解できる気がした。


 ある日、俺は学園の裏手にある静かな森へと向かった。誰もいない場所で一人、氷の力を試しながら、自分がこの力を制御できるかどうかを確認するためだ。


「……いくぞ」


 呟きながら手をかざし、魔力を集中させると、冷たい風が指先から吹き出し、草木が一瞬にして凍りついた。淡い霜が地面を覆い、息をするたびに冷気が肌に突き刺さる。この感覚に馴染むのはまだ難しいが、少しずつ力をコントロールできる手応えが感じられる。


「拓真!」


 振り向くと、森の入口から真が駆け寄ってくるのが見えた。どうやら、俺がここで力を試していることを察して追いかけてきたようだ。


「お前、こんなところで何をしてるんだ?またその力を……」


 彼の心配そうな視線を受け、俺は軽く笑ってみせた。だがその笑みもどこかぎこちなく、真の目には不安が映っていることがわかった。


「大丈夫だよ、真。俺は玲奈先輩みたいにはならない。……少なくとも、そうなるつもりはない」


 自分自身に言い聞かせるように呟きながら、真に向き直った。しかし、真は首を横に振り、真剣な眼差しを俺に向けてきた。


「それでも、氷の力は危険なんだ。お前が気づかないうちに、心まで凍りつかせてしまうかもしれない」


 彼の言葉には重みがあった。真は俺がこの力に囚われ、玲奈先輩のように闇へと堕ちてしまうことを本気で心配しているのだ。それがわかるだけに、俺も改めて自分の覚悟を見つめ直さざるを得なかった。


「ありがとう、真。俺は……この力をただ強さのために使うつもりはない。この力が役に立つなら、仲間を守るために使いたいんだ」


 その言葉に、真は深く息をついてから微笑んでみせた。


「そう言ってくれるなら、俺は信じる。だけど、もしお前がこの力に囚われるようなことがあれば……そのときは俺が全力でお前を引き戻すからな」


 その約束に、俺も微笑みを返し、真と固く握手を交わした。彼の手の温もりが冷えきった俺の手に心地よく伝わってくる。


 それからの日々、俺は真とともに力の訓練を重ね、学園での討伐任務にも積極的に参加した。下級妖魔との戦いを重ねることで、俺の中にある氷の力も少しずつ安定してきたが、そのたびに自分の中の闇が深まっていくのを感じる瞬間があった。


 そんなある日、学園に緊急の知らせが届いた。玲奈先輩が再び姿を現し、強力な妖魔と共に学園の周辺を襲撃しているというのだ。


「ついに……玲奈先輩が動き出したか」


 その報せに、俺も真も緊張感を隠せなかった。俺たちがどれだけ力を蓄えても、玲奈先輩の圧倒的な力には到底及ばない。しかし、それでも俺は決意していた。この力を得たのは、玲奈先輩と対峙するためでもあるのだと。


「拓真、行くのか?」


 真が静かに尋ねてくる。彼の目には、俺に向ける信頼と心配が混ざり合っているのが見えた。


「ああ。これ以上、玲奈先輩を闇に堕ちさせないためにも……俺が行く」


 その決意を胸に、俺たちは学園を飛び出し、玲奈先輩が待ち受ける戦場へと向かった。


 待ち受けるのは、過酷な戦いと闇との対峙——そして、俺が選んだ道を試す最後の機会だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る