第33話

 学園全体に緊張が走っていた。闇に堕ちた氷結先輩――玲奈先輩が、再び姿を現し、周囲の村や町に襲撃を仕掛け始めたという報告が届いたのだ。


 一年が過ぎ、俺たちも少しずつ成長を感じられるようになっていたが、それでも玲奈先輩はまだ未知の存在だった。元々圧倒的な力を持っていた彼女が妖魔に堕ちたことで、さらに凄まじい力を手に入れたという。


 学園内では上級生や教師たちが緊急会議を開き、討伐隊が編成されることが決まった。だが、討伐のメインメンバーに選ばれるのは、やはり上級生たち。俺たち一年生は、まだ力不足と見なされていた。


 そんな中、俺と真は学園の訓練場で、焦りと苛立ちを感じながらも修行に励んでいた。


「拓真、どうする?このまま待ってるだけでいいのか?」


 真が汗を拭いながら俺に問いかける。俺も同じ思いだった。玲奈先輩が再び姿を現し、人々を襲っている今、自分たちが何もせず待つなんて耐えられなかった。


「行くしかないだろう。俺たちだって、少しは戦えるようになってるはずだ」


 俺たちは互いに頷き合い、心を決めた。たとえ一年生であろうと、玲奈先輩を止めるためなら、今できる限りの力で挑む覚悟があった。


 その日の夜、学園を抜け出した俺たちは、玲奈先輩が目撃されたという場所へと向かった。周囲は氷で凍りつき、不気味な静寂に包まれていた。まるで、この場所だけが別の世界になったかのようだった。


「……気をつけろ、拓真」


 真が低い声で警告してくれる。その声が妙に冷たく響き、俺は思わず息をのむ。目の前には、氷に覆われた木々や草が広がり、その奥には玲奈先輩の姿が見えた。


 彼女は背を向けたまま、ただ静かに立っていたが、その周囲には異様な気配が漂っていた。冷たくも美しい、その姿に恐れを抱きながらも、俺は一歩ずつ彼女に近づいた。


「玲奈先輩!」


 声をかけると、彼女はゆっくりと振り向き、その瞳で俺たちを見つめた。だが、その目にはかつての彼女の優しさや冷静さは微塵も残っておらず、代わりに深い闇と冷徹な光が宿っていた。


「あなたたちも、やっとここまで来たのね」


 その声はまるで風に溶け込むように冷たく、恐ろしく感じた。俺たちは一瞬ひるんだが、それでも足を止めることはなかった。玲奈先輩をこのまま放置するわけにはいかない――そんな決意が、俺たちを支えていた。


「玲奈先輩、もう一度戻ってきてください!あなたは――」


 俺が叫ぶと、彼女は小さく笑いを漏らした。しかし、その笑みは冷たく、嘲笑に満ちていた。


「私が戻る場所なんてもうないわ。封魔学園は闇そのもの。そこで力を手に入れた者は、いずれみな闇に堕ちる。それに抗おうとするなんて、なんて愚かしい」


 その言葉に、俺は胸が締め付けられるような痛みを感じた。だが、彼女の言葉を否定する術はなかった。彼女が何を感じ、何を見たのか、その真実を知ることができなかったからだ。


 玲奈先輩は、まるで何かを確かめるかのように、ゆっくりとこちらに歩み寄った。


「あなたたちもいずれ、私と同じ闇に堕ちるわ。さあ、私の世界においで」


 その言葉と共に、彼女が手をかざすと、凍てつく氷の風が一気に吹き荒れ、俺たちに向かって襲いかかってきた。


「くっ……!」


 俺と真は即座に構えを取り、魔法で氷の風を防ごうとする。しかし、玲奈先輩の力は凄まじく、その冷気が肌を刺すように伝わってきた。


「真、ここで止めるぞ!」


 俺は叫び、真も強く頷いた。全力で彼女に挑む覚悟を決めたが、目の前の氷結先輩はただの妖魔ではなかった。彼女の力はまさに、次元が違うものだった。


 この夜、俺たちは氷結先輩と激突することとなったが、その力の差は圧倒的だった。冷気と闇に包まれたその場で、彼女の力を目の当たりにし、俺たちは絶望に打ちのめされていく。



 氷結先輩――玲奈先輩の放つ冷気は、まるで冬の嵐のように凄まじく、俺と真の体を容赦なく打ち据えてきた。凍てつく風が、肌だけでなく骨まで冷やし、体中の感覚を麻痺させていく。呼吸をするたびに、喉が凍りつきそうなほどの冷たさが襲ってきた。


「くそ……なんて力だ……!」


 俺は歯を食いしばりながら魔法の力を込め、少しでもこの冷気を抑え込もうとした。しかし、氷結先輩の力は次元が違った。かつての彼女が人間だったことが信じられないほど、圧倒的な力を纏っている。


 真が隣で苦しげに声をあげた。「拓真……これ、どうやって立ち向かうんだ?今の俺たちじゃ、到底……」


 真の言葉には少しの動揺が含まれていた。だが、その中にもあきらめない意志が見えた。俺も同じだった。このまま退いて、学園に戻るなんて考えられなかった。


「真、諦めるな!俺たちは……ここで彼女を止めるしかないんだ!」


 必死に自分に言い聞かせ、氷結先輩の凄まじい冷気を押し返そうとした。その時、彼女が再び冷笑を浮かべ、こちらを見下ろすように目を細めた。


「あなたたち、本気で私に勝てるとでも思っているの?」


 その言葉には冷たい嘲りが含まれていた。俺たちの全力など、彼女にとっては微塵の脅威にもならないと、彼女自身が言っているのだ。


 だが、俺はその言葉に反発するように叫んだ。「俺たちは……あなたを闇から救いたいんだ!」


 氷結先輩は一瞬だけ表情を曇らせたが、それもすぐに消え去り、冷たい眼差しを戻した。


「救う?私が闇に堕ちたからといって、何が悪いの?」


 そう言い放つと、彼女はさらに強力な氷の魔法を放ってきた。氷の結晶が弾け、まるで無数の刃のように俺たちに襲いかかる。俺たちは防御の魔法を張り巡らせたが、鋭い冷気の刃が次々と盾を突き破り、体中に衝撃が走った。


「ぐっ……!」


 真も苦しそうに顔を歪めながら、必死に防御を強化していた。しかし、彼女の攻撃は止まらず、次第に俺たちは追い詰められていく。


「このままじゃ……!」


 心の中で焦りが膨らむが、それでも俺は諦めなかった。玲奈先輩を闇から取り戻すためには、ここで退くわけにはいかない。


「真、もう一度……俺たちで一斉に攻撃するぞ!」


 俺は真に向かって叫んだ。彼も決意を固めたように頷き、俺たちは全力で魔力を集中させた。それぞれの持つ力を振り絞り、氷結先輩に向かって渾身の攻撃を放った。


「行けえぇぇぇ!」


 俺たちの叫びと共に放たれた魔力の波が氷結先輩に襲いかかる。周囲の空気が震え、爆風が巻き起こる。彼女の冷たい瞳が一瞬揺らいだのを感じた。


 だが、その瞬間、彼女は微笑を浮かべた。そして、俺たちの攻撃をまるで無にするかのように、冷気の壁で全てを防いでしまった。


「残念ね。その程度では私には届かない」


 彼女の冷たい声が響き渡る。そして、さらに強力な冷気が一気に押し寄せ、俺たちは立っているのもやっとの状態になってしまった。


「まだ……終わってない……!」


 俺は必死に立ち上がろうとするが、体が冷たさに震え、思うように動かない。そんな俺の姿を見て、氷結先輩はただ冷ややかに見つめていた。


「闇を拒む者には……闇に抗う力はない」


 その言葉に、俺の心は大きく揺らいだ。だが、ここで諦めるわけにはいかない。俺たちは、彼女を止めるために来たのだから。


 

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