第28話

 夜明け前、まだ薄暗い学園の中庭に、1年生の姿が静かに集まっていた。試練の始まりを告げる鐘の音が低く響き、冷たい空気が肌に染みる。


「ふぅ…いよいよ始まるんだな」


 周りの生徒たちが緊張した面持ちで息をひそめる中、俺も心臓が高鳴るのを感じていた。普段の授業とは違い、実戦形式で挑む初めての試練。下位の妖魔とはいえ、何が起こるかは誰にもわからない。


「拓真、大丈夫か?」


 隣に立っていた真が俺の肩を叩いた。彼も少し緊張した面持ちだが、その瞳には鋭い決意が宿っている。俺は頷き、握り締めた拳に力を込めた。


「もちろんさ。これも成長のためだろ」


 俺たちは互いに短い視線を交わし、冷えた空気の中で心を落ち着けるように深呼吸した。今回の試練は、学園側が定めた修行の一環だ。氷結先輩が妖魔へと堕ちたことで、学園は急きょ1年生たちにも戦闘の基礎を叩き込むことを決定した。俺たちは討伐部隊には加わらないが、全員が力をつけていく必要がある。


「それでは…全員、各自の班ごとに散開せよ!」


 教官の鋭い声が中庭に響き渡り、俺たちはそれぞれの班に分かれて周囲を見渡した。俺の班には、真の他に、鬼月霞と夕凪小夜が一緒にいる。


「真、霞、小夜、しっかり準備できてる?」


「ふん、下位の妖魔相手ならどうってことないわよ」と、鬼月霞が不敵な笑みを浮かべる。その自信が少し頼もしくもあったが、油断は禁物だ。


 夕凪小夜は無言でうなずき、拳を握りしめて気合いを入れている。小柄ながらも、彼女の眼差しには何か確固たるものが感じられた。


「じゃあ、行くか」


 俺たちは教官の指示に従い、広がる森の中へと足を踏み入れた。木々の間から差し込む淡い光が、どこか不気味に森を照らし出している。下位の妖魔はこの森の奥深くに潜んでいるという情報があるが、その正確な位置はわからない。


「気を抜くなよ、妖魔がどこに潜んでいるか分からないからな」


 真が言うと、全員が周囲に気を配りながら、慎重に進み始めた。枝葉がささやく音や足元の枯れ葉が微かに音を立てるたびに、全員の緊張が高まっていく。


 しばらく進んだところで、霞が突然立ち止まり、指を唇に当てて静かにするよう促した。森の奥からかすかに聞こえてくる低い唸り声が、俺たちの耳に届いたのだ。


「妖魔だ…!」


 霞が囁くと、全員が息を呑んだ。声の方に目を凝らすと、木陰から一対の赤い瞳がこちらをじっと見つめているのが見えた。暗闇の中で光るその目は、俺たちをじっと狙っているように感じられる。


「さて、戦闘開始だ」


 真が低く構えると、俺たちも各自の位置をとった。霞は前衛で敵の動きを封じ、小夜が機敏な動きで妖魔の注意を引きつける。俺と真は後方から援護に回る形で戦闘態勢を整えた。


「まずは仕掛けてみるぞ!」


 俺は弾丸に魔力を込め、「焔」を妖魔に向かって発射した。赤い閃光が一筋の炎を生み出し、妖魔の方向へと一直線に飛んでいく。だが、妖魔は素早く動き、俺の弾丸をかろうじてかわした。


「動きが速い…!」


 俺が焦りを覚えた瞬間、霞が鋭く踏み出し、妖魔の前に立ちはだかった。


「私が引きつけるから、その間に準備しなさい!」


 霞が叫び、薙刀を構えて妖魔と対峙する。彼女の薙刀が闇の中で輝きを放ち、妖魔を挑発するかのように揺らめく。妖魔は低い唸り声を上げ、鋭い爪を振りかざして霞に向かって襲いかかってきた。


 だが、霞は素早く身をかわし、逆に妖魔の側面に回り込んで反撃の一撃を加えた。薙刀が妖魔の皮膚をかすめ、黒い煙が立ち上る。


「今だ、拓真!」


 真の声が響き、俺は再び「焔」を構え、今度はじっくりと狙いを定めて発射した。弾丸は正確に妖魔の肩口に命中し、爆発のような火が妖魔の体を包む。


「やったか?」


 煙の中で妖魔の姿が見えなくなり、一瞬の静寂が訪れる。だが、次の瞬間、煙を切り裂くようにして妖魔が再び現れ、さらに狂暴な勢いで飛びかかってきた。


「まだ生きてるのか…!」


 その動きに怯む間もなく、今度は小夜が前に出て妖魔の攻撃をかわしながら、拳で妖魔の顔面を叩きつけた。小夜の拳は鋭く、妖魔の顔に小さな傷を残して後方へと弾き飛ばした。


「こいつ、なかなかしぶといわね」


 霞が小さく舌打ちしながら、再び戦闘態勢を整える。妖魔は痛みを感じているのか、それとも怒りに燃えているのか、さらに獰猛な表情を見せてこちらに襲いかかってくる。


「俺がもう一度狙う。真、援護を頼む!」


 俺が「焔」を再度構え、今度こそ確実に仕留めるつもりで集中力を高めた。真はすぐに俺の横に立ち、剣を構えて警戒を強めている。


「行くぞ!」


 俺が放った魔弾が妖魔の胸元に直撃し、真も同時に剣を振り下ろし、妖魔の体を貫いた。妖魔は一瞬静止し、体が大きく揺れると、やがて崩れ落ちて地面に沈んだ。


「倒した…か?」


 一瞬の静寂が訪れ、俺たちはようやく息をついた。妖魔の体からは黒い煙が立ち上り、徐々にその姿が霧散していく。


「ふぅ…これでひとまずは大丈夫そうだな」


 真が剣を鞘に戻し、俺たちは互いに安堵の表情を浮かべた。この戦いで分かったことは、たとえ下位の妖魔といえども油断は禁物だということだった。俺たちが全員で力を合わせなければ、勝てる相手ではなかっただろう。


「ま、これで少しは強くなったってことかしらね」


 霞が少し誇らしげに言い、小夜も小さく頷いた。俺も微笑みながら、今回の戦いが自分にとっても確実に成長につながっていると実感していた。


 これからどれだけの試練が待っているか分からないが、俺たちは確実に強くなっていく。そう信じながら、俺たちは再び森の奥へと足を進めた。

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