第26話 警報

 冷たい夜の風が肌を刺すように冷たく、学園の中庭に立つだけで、全身が凍りつくようだった。


 警報が学園中に響き渡り、生徒や教師たちがそれぞれの持ち場につく声が遠くで聞こえる。でも、俺の目の前にいるその姿を見た瞬間、周囲の音なんてまるで遠くの出来事のように思えた。


「……氷結先輩、なのか?」


 震える声で問いかける。そこに立っていたのは、かつて俺が憧れた、あの冷たくも頼りがいのある氷結先輩じゃなかった。


 闇の中で白銀の髪が風に舞い、瞳にはあの頃のどこか人間らしい温もりは微塵も感じられない。無慈悲で冷酷な光を宿しているだけの、まるで化け物のような姿だった。


 俺の心臓が鼓動を忘れるように固まり、体が言うことを聞かない。


「拓真……気をつけろ」


 隣に立つ真が小声で警告するのが聞こえる。でも、その言葉は耳に入らず、ただ先輩の目を見つめてしまった。


 彼女から発せられる冷気は、周囲の温度を急激に下げ、白い霜が足元からじわりと地面に広がっていくのが見えた。俺はその光景に飲み込まれたように、ただ立ち尽くす。


「先輩、どうして……どうしてあなたが、こんなことを?」


 俺の声は掠れ、氷結先輩に届くかどうかもわからなかった。それでも、彼女の冷たい視線がこちらを捉える。まるで心臓を鷲掴みにされたような感覚だった。


 あの氷結先輩が、こんな闇の化け物になるなんて、信じられない。でも……目の前にいるのは、間違いなく彼女だった。


 彼女はゆっくりと口を開いた。


「封魔学園こそが、闇だ。あなたたちが戦っているものが、学園そのものを生み出している」


 その声には、かつての冷静さは残っているが、どこか人を拒絶するような冷徹な響きが混じっていた。その言葉が意味することが、頭の中でぐるぐると回る。


「学園が……闇、だって?」


 俺の胸がざわつく。彼女の言葉が何か恐ろしい真実を告げているように聞こえてしまう。だが、それでも信じたくない。学園は、俺たちが妖魔と戦い、人間を守るための場所だ。そう信じて、ずっと戦ってきたんじゃないのか?


「……闇に触れた力を得ようとする限り、逃れられないわ。学園にすがり、封魔の力を持とうとする者は、いずれその闇に堕ちる。それが、封魔学園の本質よ」


 氷結先輩の言葉は、まるで俺の胸の奥底まで響き、凍りつかせるようだった。だが、それを否定したかった。


「違う! 俺たちは、闇に堕ちたりしない! 俺は絶対に……!」


 叫んだその瞬間、彼女の手が軽く動く。次の瞬間、周囲に張り巡らされていた氷が一斉に砕け散った。氷漬けにされた学園の仲間たちが、次々と粉々に崩れていく。解放されるのではなく、無残に砕けてその場から消え去っていく。


「な、なんで……どうして……!」


 俺の声は震え、喉が痛くなるほど叫んでいた。目の前で消えていく仲間たちの姿が、胸を締め付ける。あまりにも、無情だ。


「……いずれ、この世界は妖魔に飲まれる。あなたたちがどれだけ抗おうとも、運命は変えられない」


 氷結先輩の冷たい言葉が、まるで呪いのように耳にこびりつく。彼女の目には、もう人間の感情なんて何一つ残っていないように見えた。


 彼女は俺たちのことなんてどうでもいいんだ……ただ冷たく、闇に取り込まれたただの存在になってしまったのか。


「違う、そんなの違う! 俺たちは……!」


 俺が声を張り上げても、彼女の視線は変わらない。そこに映っているのは俺ではなく、ただの障害物か何かのようだった。


 彼女は一瞬振り返り、最後にこう言い残した。


「いずれ、この世界は妖魔に飲まれる。あなたたちもいずれ、私のようになる。……どうせなら早くこちらにおいでなさい。強さが欲しいのならね」


 その言葉と共に、氷結先輩は学園を背に、冷たく静かに身を翻して歩き出した。その背中が徐々に闇の中に溶け込んでいくまで、俺はただ立ち尽くし、凍りついたように動けなかった。

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