第25話 堕ちて
《side氷結玲奈》
くだらない。くだらない。くだらない。
友情? 愛情? 闇から救われるなどくだらない。
求めたはずなのに、欲したはずなのに、手に入れたはずなのに。
それを自ら手放すなど考えられない。
私は一体何を感じていたのだろう。怒り? 失望? それとも……嫉妬? そんな感情を抱いたことが、私にとっての一番の驚きだった。
くだらない。本当にくだらない。
心の中で、そんな言葉が浮かんだ。
支えられることでしか生きられない人間が、弱さに縋ることでしか強くなれない存在が、いったい何の価値があるというの? 私は彼が強くなりたいと願ったあの時、少しばかり期待してしまったのかもしれない。
今そのすべてが虚しいものに思えた。
拓真は私と違う。
彼は救われたがっている。闇に足を踏み入れる覚悟など、本当の意味で持っていなかった。
闇の深淵に触れるということが何を意味するのかを、彼は理解していないのだ。
彼はただ、強くなるためにほんの一瞬その闇を見ただけで、それで救われる道を選んでしまった。だから私は、彼のことを「くだらない」と思うしかなかった。
私は……違う。
戻れないところまで来ている。
誰かに救われるなんて、もうそんな甘い考えを抱く余地などどこにも残されていない。私は闇に魅入られてから、少しずつ、少しずつ、自分自身が変わっていくのを感じていた。
冷たい氷の中に閉じ込められたような心が、やがて凍りつき、次第にひび割れて壊れ始めているのがわかる。
その音が聞こえるたび、私はどこか安堵していた。人としての自分が崩れ去り、完全な闇に染まることで、やっと本当の意味で解放される気がしていたからだ。
闇は私を招いている。呼んでいる。誘っている。私を深く、深く、どこまでも深く、奈落の底まで引きずり込もうとしているのがわかる。
私はその声に逆らうことなく、ただ身を委ねている。
「拓真、あなたは……もう必要ないわ」
そう、私は小さく呟いた。彼にかつての仲間としての思いなど、もはや一片も残っていなかった。
ただの駒であり、もう使えない道具だ。
彼の光が、私の心に何の影響も及ぼすことはない。彼は弱い人間のままだ。
私はその言葉と共に、足を踏み出す。気づけば私の周囲は、闇に包まれている。
自分の意志で闇を拒むことなどできない。私は闇に惹かれ、その闇と一つになろうとしている。体が軽くなり、意識が深いところへ引きずり込まれていく。
まるで深い水底に沈んでいくように、呼吸がしづらくなっていく。
しかし不思議と恐怖はなく、むしろ心が落ち着いていくのを感じた。人間だった頃の心が、どんどん剥がれ落ちていく。今や私には、情や感情というものがどうでもいいものになりつつある。
「もっと……もっと堕ちて……」
私の中で誰かが囁く。
私は自らその声に応え、闇へと手を伸ばす。目を閉じて、深い闇の中で笑みを浮かべた。私は妖魔になる。いや、私はただの妖魔ではない――この身を捧げることで、私が目指すは、より強大で、より深い闇を持つ大妖魔。
「ようこそ……」
頭の奥底に響く声が、私を歓迎しているのがわかる。彼らは、私の新たな仲間、いや、私が目指す存在たちだ。八体の鬼妖魔。彼らは私を待っている。私がその一員となる瞬間を楽しみにしているのがわかる。
「くだらない人間たちよ、さようなら」
そう言いながら、私は最後の人間としての感情を闇に捨て去った。そして、完全に闇と一体化する感覚に身を委ねた。体が変わり始めるのがわかる。
肌が冷たく、硬くなり、意識が次第に薄れていく。しかし、薄れることへの恐怖はない。私は闇そのものになろうとしているのだから。
「もう、人間の世界に未練はない」
最後にそう呟くと、私は完全に闇に溶け込んでいった。
「ハァ〜最高の気分だわ」
体がまるで氷のように冷たい。
「あら、あなたが新たしく生まれた子かしら?」
「だれ?」
「ふふ、あなたにとってはお母さんみたいなものかしら? でも、まだ不安定ね。あなたが真に覚醒するのを楽しみにしているわ」
闇は闇をよぶ
闇の中に堕ちていく。堕ちていく。堕ちていく。
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