第24話 ツンツン
あの日から、俺の心の奥に冷たくて暗いものが根を張り始めた気がしている。真が俺を闇から引き戻してくれたものの、その手が届かなかった場所があるみたいに、未だに心の中に薄暗い影がこびりついているんだ。
時折、景色がぼやけたり、ほんの少し前まで感じなかった苛立ちが急に込み上げてきたりする。学園の中で他の生徒たちと話しているときも、どこか心が浮ついているような気がして、うまく地に足がつかないような、そんな感覚に悩まされていた。
そんな状態が続く中で、唯一の支えになっているのが真の存在だった。彼は、俺の異変にすぐ気づいて、そばにいてくれるようになった。無言で見守ってくれているその姿が、今の俺には救いだった。
だが、他の生徒たちにはそういうわけにもいかない。特に、鬼月霞は俺のことを心配しているのか、何かにつけてそっけなく声をかけてくるが、あまり素直じゃないのが彼女らしいところだ。
昼休み、廊下を歩いていると、霞が向こうから歩いてくるのが見えた。ふいに彼女の顔に視線が吸い寄せられ、いつも以上に彼女のことが気にかかる自分がいることに気づく。
「あんた、最近どうしたのよ?」
彼女の言葉に、思わず立ち止まる。何か気になっていたようで、ちらりと俺を見ては口をつぐむ。その視線が、どこかいつもの彼女と違って見えた。心配してくれているのかもしれない、なんて勝手に思ってしまったが、すぐに表情を硬くして、言葉を飲み込んだ。
「別に、なんでもねーよ」
俺は短く答えたが、霞は少し眉をひそめて、もう一歩こちらに近づいてきた。その距離が近くなると、何かざわざわとした感情が胸の奥で膨れ上がるのを感じる。
「本当に、なんでもないの?」
彼女の問いかけが鋭い。心の中で闇の影が少しずつ膨らんでいくような気がして、思わず視線をそらしてしまった。
「何でもないって言ってんだろ」
少し強い口調で言い返してしまった俺に、霞は一瞬たじろいだようだが、すぐにキッと睨み返してきた。
「そうやって突っ張ってるけど、結局弱いままじゃないの? 真がいなかったらどうなってたかわからないくせに」
その言葉に、心の中で何かが切れた。霞の言うことが図星だったからこそ、苛立ちが抑えられない。
「ああ、そうだよ。俺は真に助けられた。でも、お前に言われる筋合いはねぇ」
気づいた時には、彼女の両肩に手を置いて、壁に追い詰めるようにしていた。霞は驚いたように目を見開いたが、すぐに眉をひそめて、俺を見上げてきた。
「な、なに……あんた、何してんのよ」
いつもとは違う、少し震えた彼女の声が耳に届く。俺の体温と彼女の体温が近づいていく中で、苛立ちがどこか薄れていくのを感じた。
「お前、俺が何を考えてるか、わかるのか?」
そう言いながら、彼女の顔をじっと見つめる。霞は少し戸惑ったように視線をそらそうとしたが、それでも逃げようとはしない。その態度が、逆に俺の心をかき乱す。
「別に……あんたがどう思ってるかなんて、興味ないし……ただ、ちょっと……」
霞は顔を赤らめながらも、強がるように言い返してきた。その言葉に、胸の中で沸々とした感情が湧き上がる。霞がツンツンと突き放すような態度をとるたびに、苛立ちが募りながらも、不思議と安心感も感じる。
「強がるなよ、お前だって心配してるんだろ? 俺がどうなっちまうか、ってさ」
その言葉を口にすると、霞の顔が一瞬だけ驚いたように動揺した。そして、しばらくしてから小さな声で呟いた。
「……別に、心配なんてしてないし。ただ、真があんたを心配してたから……仕方なく、よ」
言葉とは裏腹に、その視線は揺れている。俺に対する本当の気持ちを隠そうとしているのが見て取れる。そのツンデレな態度が、逆に俺の中の苛立ちを和らげ、心が少しずつ落ち着いていく。
「ふーん、そっか。真のためか……まぁ、お前らしいな」
俺は肩の力を抜き、少しだけ距離を取る。それでも、霞の顔が赤くなっているのを見て、思わず笑みがこぼれた。
「な、なによ……バカにしてんの?」
霞が顔を赤らめながら小声で抗議してくる。その表情が、何だか今まで以上に可愛らしく見えて、思わず笑みを浮かべてしまった。
「いや、ありがとな。心配してくれて。お前がそうやって声をかけてくれるだけで、少し楽になった気がする」
俺の言葉に、霞は照れたように顔を背けるが、何も言い返さない。その姿に、今まで抱えていた苛立ちや暗い気持ちが少しずつ薄れていくのを感じた。
「……あんまり無茶すんなよ。真も、あんたがまた無茶しないかって心配してるんだから」
霞のその言葉に、胸が少し暖かくなる。真や霞がいてくれることが、今の俺にとってどれほど支えになっているのか、改めて実感した。
「大丈夫だよ。お前らがいれば、俺も何とかやっていけるさ」
心からそう思えた。その言葉に、霞は少し微笑んだように見えたが、すぐにいつものツンとした表情に戻った。
「……別に、あんたのことなんてどうでもいいんだけどね。心配して損したわ」
そう言って、霞はくるりと背を向けて歩き出したが、どこかその足取りが軽やかに見えた。その後ろ姿を見送りながら、俺は心の中で感謝の気持ちを噛みしめていた。
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