第21話 闇の試練

 氷結先輩が妖魔を痛ぶり、進化の兆しが見えるたびに寸前でその命を奪う。夜の闇に、妖魔たちの悲鳴が絶え間なく響き渡る中、俺はその場に立ち尽くしていた。自分が目指す「強さ」が、こんな冷酷な行動の先にあるのだろうか――そんな疑問が胸の奥で渦巻く。


 氷結先輩は、どれだけ妖魔が命乞いするように苦しんでも、その瞳を少しも揺らすことなく冷ややかに見つめ続ける。まるで、感情のない人形のように、淡々とした表情で次々と妖魔たちをいたぶり、進化の兆しが見えるたびにそれを摘み取る。


 俺の心は次第に重くなり、手に持つ魔銃がやけに冷たく感じられた。


「……先輩、どうしてこんなことをするんですか?」


 思わず俺は声を上げた。彼女の行動に対する疑問と、その冷酷さへの戸惑いが抑えきれなかった。だが、氷結先輩はちらりとこちらを見ただけで、すぐに視線を元に戻し、まるで俺の問いなど無意味だと言わんばかりに冷たく笑う。


「どうして? あなた、強くなりたいと言ったでしょう? これが強さに至るための過程よ」


 その言葉に、俺の胸がざわめいた。強さを求めている自分にとって、その言葉がどこか甘美なものに感じられる一方で、同時に冷たい恐怖も感じていた。俺が目指している強さが、本当にこの先にあるのか。


「でも……俺が求めているのは、仲間を守るための強さであって、こんな……残酷なものじゃない」


 口にした瞬間、彼女の視線が俺に突き刺さった。冷たく感情のない瞳がこちらをじっと見据えてくる。


「仲間を守るため? その考えは甘いわね。守るという言葉には、犠牲を伴わないとでも思っているの?」


 彼女はわざとらしいほどに冷たい笑みを浮かべる。その表情には嘲りが滲んでいた。


「強くなるためには、自分の弱さを捨てるしかない。慈悲も、憐れみも、そういった感情に囚われている限り、あなたが求める強さには届かないわ」


 その言葉が心に突き刺さる。俺は少し言葉を詰まらせ、視線を逸らした。彼女が言う「強さ」とは、俺が思い描いていたものとは違うかもしれない――そんな考えが頭をよぎる。


 だが、それでも俺は諦められなかった。


「それでも……俺は、強くなりたいです」


 その言葉に、氷結先輩の目が一瞬だけ輝いた。だが、それは喜びでも共感でもなく、まるで深い闇の底からこちらを覗き込むような冷たさだった。


「いいわ。ならば、私についてきなさい」


 彼女はそう言うと、再び歩き出した。俺はその背中を追う。闇の中に佇む氷結先輩の姿は、まるで冷たく凍りついた闇そのもののようだった。


 しばらく歩くと、彼女は突然立ち止まり、手を挙げて目の前の空間を指差した。その瞬間、まるで異次元の扉が開かれたように、冷たい霧が辺りを包み込む。


「ここが“深淵”よ」


 彼女が淡々と告げる。その声はどこか空虚で、冷たく響いた。


「あなたが求める強さは、この深淵の中にある。だが、その強さを得るためには、あらゆる感情を捨てなければならない。光も、希望も。あなたにその覚悟があるなら、踏み込むがいい」


 俺はその言葉に怯んだが、それでも一歩を踏み出した。彼女の後ろに立ちながら、冷たい霧の中に足を踏み入れると、全身に冷気が染み渡るような感覚が広がる。


「力が欲しいのでしょう?」


 氷結先輩が振り返り、俺に囁く。その声は、冷たく甘い毒のように耳に響いた。


「……はい。俺は、力が欲しいです」


 答えると、彼女が微かに微笑んだ。その笑顔は人間らしい感情が一切感じられない、まるで深淵そのものの微笑みだった。


「ならば、ここでその覚悟を見せなさい」


 彼女が手を挙げると、周囲の霧が動き、闇の中から影が現れた。次の瞬間、それが何かと目が合い、俺は息を呑んだ。眼前に現れたのは、巨大な妖魔だった。凶悪な牙と、燃えるような赤い瞳が俺を捉えている。


「これが、あなたにとっての試練よ」


 氷結先輩が静かに告げる。妖魔が唸り声をあげ、牙を剥き出しにして迫りくる。


 俺は咄嗟に魔銃を構え、戦闘態勢を取った。だが、全身が冷たく震え、動きが鈍る。視線の端で、氷結先輩が無表情でこちらを見つめているのが見えた。


「恐れるの? それがあなたの覚悟?」


 その声が、心に刺さる。俺は恐怖を振り払うように、魔銃の引き金を引いた。銃口から炎のような魔力が放たれ、妖魔に向かって炸裂する。だが、妖魔はびくともしない。


「な……!?」


 俺の攻撃が効かない。目の前に立つ妖魔の強さは、今まで戦ってきたものとは比べものにならない。


「もっと強くなりたいと言ったでしょう? その程度で、どうして力が得られると思うの?」


 氷結先輩が冷たく言い放つ。その言葉が頭に響く。俺は力を求めてここまで来たのだ。恐れずに戦え――そう自分に言い聞かせ、再び魔銃を構えた。


「俺は、強くなる……!」


 妖魔が唸り声をあげ、鋭い爪を振りかざしてきた。俺は必死でかわし、再び引き金を引く。だが、攻撃が届く前に妖魔が素早く動き、爪が俺の肩にかすった。


「ぐっ……!」


 痛みに耐えながらも、俺は闇の中で戦い続けた。その度に、氷結先輩の冷たい視線がこちらに突き刺さってくる。


「その意志を貫き通せるかしら?」


 彼女の声が遠くから響く。俺は自分の中の恐怖を振り払い、再び妖魔に立ち向かった。この闇の中で、俺は自分の力を見つけるために戦い続ける。

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