第20話 いたぶり

 夜の静寂を切り裂くかのように、氷結先輩が妖魔と対峙していた。


 封魔学園の生徒たちは、ある程度の実力が認められると妖魔退治を任命される。実習では上級生が監督役をしていたが、ゲームでも一定の任務を行うと自分たちで討伐依頼を選べるようになる。


 そして、今宵は、氷結先輩の元で、強さを教えてもらうために同行していた。


 それは闇に紛れ込むような、不気味で、人の形を保ちながらもどこか歪んでいる。


 微妖魔と呼ばれる。妖魔になりかけの存在だった。


 俺は少し離れた場所からその様子を見守り、彼女の意図を探ろうとしていた。


「まだよ」


 氷結先輩が静かに呟く。


 妖魔の動きは俊敏で、鋭い爪を振りかざしながら先輩に向かって飛びかかってくる。しかし、彼女はまるで相手を侮るかのように身をかわし、冷ややかな視線を送るだけだ。その視線には、冷酷な計算が見え隠れしていた。


 妖魔の攻撃が一瞬止むと、先輩はゆっくりと手を挙げ、氷のような冷気を漂わせながら、ほんのわずかな魔法を放った。途端に、妖魔の足元から氷が広がり、足を凍りつかせる。


 だが、それだけではない。


 その氷は妖魔の肌にじわじわとしみ込んでいくかのように、彼を苦しめるように広がっていった。


「GYAAA!」


 妖魔は人の言葉を失っているはずだったが、その姿勢からは明らかな恐怖が伝わってきた。


 身動きが取れず、苦しげにうめき声をあげる。


 氷結先輩は微動だにせず、その様子を冷徹な眼差しで見つめ続ける。俺はその光景を目の当たりにして、思わず体がこわばった。


「これで終わりだと思ったの?」

「どうするつもりですか?」

「追い詰めるのよ」

「追い詰める?」

「そう、追い詰めて追い詰めて力を強めさせる」


 冷たい声が響く。


 彼女は再び手を振り、氷の魔力を少しだけ解いた。


 その瞬間、妖魔は氷から解放され、体をよろけながらも逃げようとする。しかし、氷結先輩は逃がす気は毛頭ない。


 冷たく輝く弓を構え、矢がないにも関わらず引き絞る。その見えない矢が放たれると、再び妖魔の足元が凍りつき、進行を阻まれた。


「進化する兆しが見えたわね」


 氷結先輩がわざとらしいほどに感心したような口調で囁く。


 彼女はわざと妖魔が限界を超え、進化しようとするその瞬間を待っていたのだ。


 妖魔が進化すれば、強力な力を持つ厄介な存在となる。それを彼女は、目の前で味わい、楽しむかのようにいたぶっている。


「あら、力が足りなくて、人間を食べたいのかしら? あなたたち妖魔も闇に魅入られ、思いの強さこそが強いになる。その程度の想いしかないあなたは弱い」


 痛ぶるように妖魔を追い詰める


 氷結先輩の言葉に微妖魔は悔しそうな表情を見せて、体を完全に妖魔へと変貌させて、小妖魔へと進化を果たした。


 こんなふうに人が変わる光景を目の当たりにするのは、二度目だ。


 中学時代の友人のことを思い出して、胸が痛む。


「どうして!?」


 思わず俺は声に出してしまった。だが、彼女はまるで聞こえなかったかのように無視し、冷たい視線を妖魔に向け続ける。


 妖魔はもはや人の心を失っている。


 進化の瞬間を迎えて、本能的に立ち上がろうとする。


 体が震え、皮膚が黒く硬く変わり始め、鋭い爪と牙が成長していく。その変化を見ながら、氷結先輩の瞳が冷たく輝いていた。


「もう少しね……」


 その言葉がまるで合図かのように、彼女は妖魔の顔の直前まで歩み寄り、再び手をかざした。その瞬間、冷気が弾け、妖魔の身体を容赦なく凍てつかせていく。進化が完了する寸前で、それを無情にも打ち砕こうとする意図が見え隠れしていた。


「グアアアッ……!」


 妖魔は最後の苦しみの声をあげ、進化と破滅の狭間でもがき苦しむ。


 その姿を見つめる氷結先輩の表情には、一片の同情もなかった。彼女にとって、妖魔の命はただの道具に過ぎないのだと理解させられる。


「終わりよ」


 彼女が低く告げると、凍った妖魔の体がひび割れ、粉々に砕け散った。そこにはもう、何の痕跡も残っていない。


 彼女は淡々とした表情でその場に立ち尽くし、まるで何事もなかったかのように息を整えていた。


 俺は震えを抑えきれずに、その場で立ちすくんでいた。


「次に行くわ」


 砕かれた妖魔に興味もなさそうにその夜は、十匹の妖魔を痛ぶる光景を見せられた。


 だが、これが闇を知るということなのか? これが強さに繋がるとは到底思えなかった。

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